15年目のブルーライト

今日は9月11日で日曜日でアカルの週末日本語学校の初日で9・11のアタックから15年目の記念日である。私は15年前のあの時ニューヨークにいて川向こうのクイーンズだけど大きくて真っ黒い煙が数日マンハッタンから流れてくるのを見ている。でもそれについてはもう書くことは何もない。それからあまりにも多くのことが世界で起こって、ますます加速しているので、私なんかが9.11について話せることなんかこれっぽっちもない。

でも今年は初めてアカルとワールドトレードセンター跡地から毎年この日に放射される2つの青いライトを見に行った。と言ってもクイーンズの自宅のすぐ近くの高台になっているところだけど。そこにはあの時にこの町からワートレに出動して亡くなった消防隊員の人たちのメモリアル石碑もある。そこで手を合わせてアカルに何があったのか簡単に説明して二人でハイウェイの向こうから伸びる青いライトを見た。ノースタワーとサウスタワーの2本の長くて強い青いライト。

その広場には第2次世界大戦と朝鮮戦争とヴェトナム戦争の戦没者の名前を刻んだ慰霊碑もあった。こんな小さな町からはるばるアジアに行かされて命を落とした人がいるんだなと、何だかあっけにとられてしまう。彼らに一体何がわかっていたんだろう。何の罪があったんだろう。

それから一人でNHKのEテレ番組をネットで見た。アフガニスタンで用水路を作った医師の中村哲さんのドキュメンタリー。前も似たような番組を何度かユーチューブで見たことがあったけれど、ところどころ知らない話も出てきてやはり心を動かされた。9.11の後、復讐の熱にかられた米軍がアフガニスタンを空爆したころ、アフガニスタンはかつてないほどの大干ばつに苦しんでいた。ただでさえ目の前で人が死んでいくような悲惨な状況のところに米軍は爆弾を落としたと知って愕然とする。

中村哲さんは手記で「瀕死の小国に世界中の超大国が束になり、果たして何を守ろうとするのか、私の素朴な疑問である」と述べている。何度もその言葉を頭で繰り返してため息をつくのみだった。

来年はもっとアカルに説明ができるようになっていたらいいな。

「武器ではなく命の水を ~医師中村哲とアフガニスタン」

https://www.dailymotion.com/video/x4sva35_%E6%AD%A6%E5%99%A8%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%8F-%E5%91%BD%E3%81%AE%E6%B0%B4%E3%82%92-%E5%8C%BB%E5%B8%AB-%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%93%B2%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B320160910_news
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# by flyingbocian | 2016-09-11 21:53 | 7歳

日本語な気分

メモリアルデーは夏のはじまり。
週末の町はとにかくバーベキュームード満々である。

うちもささやかに人に呼ばれたり人を呼んだりする中、私の心は日本への里帰り準備のあたりを浮遊している。それはどちらかと言うと、ささやかに悩ましいことの方が多い。私の性格は「準備」というものを激しく厭うのだ・・・。

まずお金のこと。ため息。一人ならまだしも二人。それもハイシーズン。近所にもう知り合いがいないので、いつも日本中を走りまわることになる。でもまあ仕方ない。

それからアカルの学校のこと。体験入学をさせてあげたいのだけどだんだん深まる語力の溝をどうするか。ああ、今年もまたひらがな、かたかなが終了できなかった・・・(もっとがんばれ、私)。

病気の父のこと。などなど

そしてこの時期、やはりアカルには日本語で話しかけなきゃと焦るのだが、そんな私の気持ちを自然に受け止めてくれたのか、アカル氏はこのメモリアルデーの週末から急に日本語を会話に挿入してくれている。

「もう夏じゃないか」

「明日からもっと水をボトルにputして。もうバカ・ブー(ブーというのは私のこと。私は時々自分のことをバカ・ブーと呼んでいる)」

「オレ、ざる(そば)お願い」


彼の日本語はいつも渋い。

ああ、もう夏じゃないか。
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# by flyingbocian | 2016-05-29 02:28 | 7歳

日本人とか

アカルは昔から時々こういう言う。

「ママがまだ小さいころ、ぼくはママのおなかにいて、ぼくたちは日本にいた」

「ママが小さいころにはアカルはおなかにいなかったよ。赤ちゃんには赤ちゃんができひんのや」

そしてああ、そうかって言うんだけど、また同じことを言う。何かを勘違いしているのか、何か憶えているらしい。

「でもママは小さいころ、日本にいたって言ってたよ。だからぼくたちは日本から来たんだ。」とか言う。

アカルには自分が日本人という概念はあまりない。でも私が日本人でアメリカ人ではないということははっきりしているようだ。

時々、路上で知らない日本人親子などとすれ違うことがあるとアカルはすごくびっくりして嬉しがる。「日本語しゃべってる。ぼくたちみたい。(アカルは日本語を日常生活でほとんど話さないんだけど)」

アカルにとって日本人とは日本語を話す人、日本に住んでいる人、住んでいたことのある人、日本人の親を持つ人のことを指すみたい。そしてそのことにぼんやりとした愛着を感じている。

「あの人たち日本語話してたよ!」
「そうやなあ、ママみたいやなあ」
「ママとぼくみたい、でしょ?」
「そうやなあ」

日本人である意識とかって、そんなもんでいいんちゃうかなあ。
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# by flyingbocian | 2016-05-28 23:55 | 7歳

Gennyの話を聞きながら思ったこと

今日のGenny(ジェニー)のヨガクラスはとてもmournfulだった。

彼女は何も言わなかったけど、いつものように目を瞑って座ってGennyの声に耳を澄ませていると何だか泣きたくなるような、そして今まで思ったこともなかったけれど、ひょっとしてGennyも泣き出してしまうんじゃないかとふと思ってしまうような。そんな気がした。

mournfulって喪に服しているような、悲痛な趣きの意味がある言葉。クラスは暗い雰囲気ではないけれど、根底にとてもつらくて悲しいような、お腹がざわざわするような感覚があって、それをみんなで共有しているような感覚があった。でもそれも最初のうちだけで、今日は前屈とアーム・バランス(腕でバランスを取るような動き)の日だったので、アーム・バランスが大好きなGennyは(彼女は何でも好きだけど)クラスが進むうちにどんどん元気が出てきて、みんなで汗をかいて笑って体を動かした。最後はいつものように体が軽くなるのだが、クラスのシークエンスはいつもとかなり違っていた。いつもは部屋の空気をぐっと落とすような瞑想的なポーズで終わるのだが、今日はTitibasana(Firefly pose)とAstavakrasana(eight angle pose)というダイナミックなポーズで終わった。いつもはありえないシークエンスだが、いつものように素晴らしかった。そして終わった後も、何だか今日のクラスが鎮魂の儀式のような気がしたのだ。

クラスの中でGennyは体のあらゆる場所に知性(mind/この場合はサンスクリット語でマナスmanas)を持とうと言った。昔はみんなそうやって生きていたのだとも言った。手には手のマナスが、内臓には内臓のマナスが、足の指には足の指のマナスがあり、それがつながって統合してくると、勇気が出てきたり、心が落ち着いてきたりする。簡単に言えば今自分が何を見て何を感じているかを体のすみずみを使って体感すること。昔からインドでも中国でも、体の部分ひとつひとつにMindがあって全体的に統合して動くと考えられていた。体の知性はすごい。何かよくわからないがすごいんだからそう言うしか仕方がない。自分ってすごいんだなあとつい思ってしまうんだけど、よく考えたらこの体はすべて外からいただいたものだ。偉そうなこと言ってたって食べ物や水や空気がなければ生きていけないし、自分ひとりの力で受精して生まれてきた人もいない。

頭だけに知性があるわけではないのである。頭の知性の限られた仕組みである”アイデア”だけにマナスを宿していてはおかしいことになってしまう。”アイデア(思考パターン)”にとらわれてしまうと、その底に”怒り”のような、”いらだち”とか”居心地の悪さ”とか”嫌悪感”とか何だか関わりたくないようなものがいっぱいほふく前進してくるような気がする。

私は弱くてすぐに怒ったり不安になったりするけれど、せめてそういう”怒り”の種のような、気持ち悪いほふく前進にはできるだけ早く気づいて、静かに消えていくのを待てるようになりたいと思う。どうせこれから来るであろう大きな暴力や痛みや悲しみには無様にパニックに陥るだけだろうと思うから、せめて今は小さい怒りの種は消していく練習をしたい。

”あの人はこうだから”とか”気持が傷つけられた”とか”自分の気持ちがわかってもらえない”とか、今までなんてどうでもいいことに時間を浪費してきたんだろう。そんなことどうでもいいではないか。Gennyの言うように体のすみずみにMindを養っていきたいと思う。ありえない人生のシークエンスを迎えても、最後は笑って終われればそれ以上に望むことはない。今日も横隔膜が気持ちよかった。
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# by flyingbocian | 2015-11-19 11:23 | 自分のこと

2015年 夏休みを振り返って・西表島その1

今年の夏休みは本当に楽しかった。書きたいことがいっぱいあるような、書けないような。
でも面倒くさがらず久しぶりに書いてみようか。


海の時間・森の時間/西表島


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初めての八重山は心なしかやっぱり緑が鬱蒼としていて、最初に降りた石垣でも飛行機の窓から濃い緑がたくさん見えた。船でようやく西表に着いたときは台風はまだ少し南の方にあって、島はどこ吹く風。海も山もすかーっと晴れてきらきらしていた。はるばるアメリカからやっと西表の港に着いたときは、やっぱうれしかったなあ。小学校に1週間だけ行くことになっているアカルは「行きたくない」ってふてていたけど。大原港に着いて重いバックパックを2つ担いでお世話になる小学校に挨拶に行くとき、簡単な道をなぜか迷ってものすごく急な坂道を超炎天下にふたりで登る羽目になってしまった。滝のような汗で一瞬意識が遠のいて南国っぽい葉っぱの木陰でしばらくじっとしてたら、汗はやっぱり壊れた噴水のように時々ぶおっと噴き出してたけど、そうだった、私は小さい港が好きなんだったと思ってうれしくなった。

そんなわけでまた島にやってきた。


西表は海と川の島だ。
海の水と川の水が混ざり合って谷に山に注ぐ。いや、山があって川があってそれが海に注ぐという方が正しいんだろう。でも海から来た私には海の水がだんだん川の水に浄化されていって真水となって、大地に注いでいくというようなイメージがある。西表には海水と真水が混ざり合う汽水域というすてきな言葉があちこちに浮いている。カヌーなどを漕ぐとき腕に垂れる水の感覚が海水と川の水では少し違う気がするのだが、それを自然体験ツアーのガイドさんに言うと「実はそうなんですけど、それがわかるのはかなり熟練のガイドさんだけなんです」と驚かれてはずかしくなってしまった。

西表にいる間はずっと潮の流れのことが気になっていた。
今は何時だから引き潮で何時になったらまた潮が満ちてくるはずだとかそういうことをどこかいつも頭で考えていた。
西表では浜辺のすぐきわまで潮がどどーっと満ちてくる。逃げ場がないのだ。潮の満ち方も、ある時から急にどんどんどんどん満ちてきて、潮がまるで生きているみたいにぐおおおと迫ってくるのがはっきりわかる。怖いくらいだ。その代わりに引き潮になるとはるか遠くまで大地が顔を出してかわいい無数の水たまりを作って海の生き物の姿を見せてくれる。そのダイナミックさにただただ魅せられた。

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なんだかどんどん思い出してきて、書きたいことがどんどん出てきた。
その2は台風のことを書いてみよう。
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# by flyingbocian | 2015-09-01 02:45 | 6歳

コーヒーの詩(うた)

朝になるとアカルがコーヒーを淹れてくれる
椅子の上に乗ってテーブルにカップとコーヒー豆を置いて
ばしゃばしゃ水をこぼしながら
私たちにコーヒーを淹れてくれる

「コーヒー豆は4つ入れてね」
「4さい?コーヒー4さい」

待ってる間にレーズン食べて靴下を履こう
靴下履くのにいつも何でこんなに時間かかるの

ぼこぼこ言ったらコーヒーできた
椅子の上、気をつけてね
今度はハンドドリップ、トライしようね
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# by flyingbocian | 2012-10-25 21:37 | 3歳~4歳

もっかい、うんち

「もっかい、うんち」
居間でアカルが突然言う。

そうだね、もっかいうんちだね。
さあ急いでパンツ脱ご。

昨日もしたけど、今日もまたしなアカンもんね。
人間って大変。

アカルにもそんなことがわかるようになってうれしいな。
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# by flyingbocian | 2012-09-02 11:28 | 3歳~4歳

トイレ記念日

「トイレ・トレーニングは3歳になってからすると2~3日ですぐ終わる」という友人たちの話を鵜呑みにして、3歳寸前までほとんど何もやってこなかった私。しかし始めてみると2~3日どころか何ヶ月経っても一寸の光さえ見えてこないのだった。

日中家にいるときは普通のパンツに着替えさせて、濡れた状態を体験させれば次第に自分からトイレに行くようになるということなので、その通りにやってみても本人はどこ吹く風。私がコンピューターをしている間、後ろで遊んでいたヤツが静かだなとふと振り向くと、小さなティッシュペーパーでこしこし床を拭いているではないか。

「できた!」
と、おもらしでびしょ濡れの紙を差し出される。そんなことせんでいいから、一言教えろっつーの。

外出のときも布パンツの上に紙おむつを履かせてがんばったけれど、濡れてても全然気にせず公園で遊ぶアカル。「またおしっこパンツの中でしたね!」と怒ると目を閉じて寝たふりだか、悲しんでるふりだかをする。もう全然だめなのだ。

もうすぐ日本に里帰りするのに、5歳サイズの息子がまだおむつをしていては恥ずかしすぎる。これは心を鬼にしてやらなければ、と特訓を開始した。2時間に1回トイレに行かせるのだが(絶対しない)、そのたび「おむつでピッピ(おしっこ)、プップ(うんち)したらアカンで。ピッピ、プップはトイレでしてね」と何度も何度も大きい声で繰り返した。すると夜眠っている間、全くおしっこをしなくなったのである。朝、トイレに連れてっても全くしない。それでシャワーを浴びさせようとバスタブに入れると、恥ずかしいせいかギャーッという悲鳴とともに堰を切ったようにジャーッとするのだ。

夕方デイケア(保育園)に迎えに行くと、「今日は一度もおしっこをしなかった。おむつも乾いたままです」と言われる。夜になっても何の排泄もせず、さすがに心配になってお風呂に連れていくと、またまた叫び声とともにジョオオオーッと出てきた。

おむつでしてはいけないが、トイレでするのも嫌だという、切ない選択がお風呂となったのだろう。
どうしてそんなにがんばるのか。

次の日もデイケアに迎えに行くと、「ぐったりとしてソファでゴロゴロしていた。具合でも悪いのではないか。おしっこはまたしませんでした」とのこと。そしてまたもやお風呂でじょおおお。

これは一体どうすればいいのだろうか。
一日に2回お風呂でしているからそれで良しというわけには行かないだろう。

そう思いながらまたデイケアに迎えに行くと、「またぐったりとしていた。トイレ・トレーニングはひとまず休んだ方がいいのではないか」と言われる。そ、そうか・・・でも今何とかおむつではしなくなったのだから、うまくタイミングをつかんでトイレでさせればヤツもあきらめるのでは・・・と思いながら自転車の後ろにアカルを乗せて帰路につくと、路上で急にきあああああーという慟哭がつんざき、振り返ると硬直しているアカルがいた。どうやら我慢できなくておむつでおしっこをしてしまったらしい。泣きながらもどことなくほっとしているようなアカルを見て、さすがに哀れになった。

「あきらめます。ごめんね」
「いいんだよ、ママ」

そんな会話があったかどうかは定かでないが、日本ではとても恥ずかしい想いをしながらこそこそとおむつを替え続ける羽目になった。だってトイレに連れて行くだけで大声をあげて泣くんだもん。ホテルとか、ゲストハウスとか、友人宅でそんなことできない。大荷物の中には大量のおむつ。西日本を転々と旅する3ヶ月。うんちおむつを隠れて捨てるときはつらかった。コンビニにもやむを得ず捨てた。この場を借りておわびしたいが、切ない母の気持ちもわかってほしい(こんなとき堂々と何でも捨てられるNYが恋しくなる)。

アカルはどんどん図に乗ってきて(かどうかしらないが)、トイレをオムツを替えるときも嫌がって「おち○ちん、触らないで」と大きい声で言うようになった。触ってないっつーの。こんなときだけ日本語がうまくならないでほしい。


しかしニューヨークに戻り、完璧症の旦那が加わると、外出もせずにトイレ特訓をする新たな受難の日々が始まった。アカルの排泄サイクルは結構長くて、大体4~5時間ごとにおしっこをすることが判明すると、旦那は強硬手段に出た。排泄サイクルが近づくとまずアカルのパンツを脱がしておく。それから「トイレに行こう」と何度も誘う。それでも行かないと、アカルをトイレに座らせて足を押さえつけるのだ。泣き叫んで抵抗するアカル。何のためにこんな大変なことしているんだろう・・・と、諦観の境地に足を踏みかけていると

じょおおおー

と懐かしい音が響き渡る!

うわああああーんと泣き叫ぶアカルと、「やったー」と抱き合う私たち両親。感動的だった。

それからはトイレに押さえつけて何とか大体毎回用を足してもらっている。それにしても何故そこまで抵抗するのかわからない。下半身をすっぽんぽんにしておくのも心が引けるのだが、しばらくは仕方がないようだ。

とりあえずトイレ記念日。おめでとう、私たち。


私たちが お願いしたから君は答えた 6月3日はトイレ記念日 by Flying bocian


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# by flyingbocian | 2012-06-19 08:57 | 3歳~4歳

3ヶ月の不在の後に

2月の末から3ヶ月間、3歳の息子と二人で日本を旅して回った。

2002年にアメリカで結婚してから日本には長くて2~3週間しか滞在したことがなかったのと、いろんなことを一人でじっくり考えたかったので、無理を言って日本に行った。

いろんなところに行きながらも、ぼーっと過ごした日々。

バスの窓ガラスに映る小さい息子と私の顔が目に入るたびに「あれ、ここはどこだったんだっけ」と思う。
特に何にもしてないっちゃーその通りなんだが、私にとっては特別な毎日だった。

NYに帰ってきてダイナーでチップを払うのを忘れるほどに3ヶ月は長かったのだけど、知らない間に生徒さんも激減し、でもジムのヨガクラスの仕事はちょっぴり増え、何だか少しずつ変わってきている。

でも帰ってこれる場所があるということは幸せだな。
それでいいと思っている。

ビジネスパーソンのための英語クラスに申し込み、後はいろんなスタジオに電話をしてクラスをやらせてもらえないか聞いてみようと思っている。できなくても、別にいい。だた、やるだけ。

夏でよかった。


宝くじは買わない
http://www.youtube.com/watch?v=bXL98suw8G8

ちょっとかっこつけすぎたかなア~ 笑


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# by flyingbocian | 2012-06-11 08:01 | 自分のこと

鼓舞 太鼓ワークショップ

シアター・フォー・ニューシティにて


イェーイ!

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イェーイ!!

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イェーイ!!!

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太鼓って手でたたくやつしか見たことなかったけど、アカルはバチ好きなようだ。
末はレスラーかロッククライマーかと思っていたけど、こういうのもありなんだな。

自分の好きなリズムについて考えた。



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# by flyingbocian | 2012-06-10 07:27 | 3歳~4歳


異国のNY砂漠で子育てを乗り切るため睡眠を削って綴るもしかして爆笑もしかして涙ほろり日記


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