結婚するまで・妊娠するまで

過去ログです。プロフィールとして、アメリカに引っ越してこれまでにあったことをなるべくまとめて書いていきます。


  学生のときに知り合った現在の夫に出会ったのは1997年の終わり。うかうかしている内に今年でもう12年も経ってしまったんだなあと思わず深呼吸してしまう。2000年に母が病に倒れ、学校卒業と同時に日本へ帰国して2001年の1月17日に母が亡くなった。そのまま1年半もの間日本で何となく暮らしていて、2002年に結婚のため渡米して再びニューヨーク生活が始まったのだけど、そのころの自分は遠い残像くらいにしか憶えていない。いろんなことを夢見ていたように思う。それが悪いというのではなくて、そして今も同じように夢見がちな人間だけれど、とにかくあの頃はダンスを作りたくて故郷の京都のようにダンスのコミュニティを作りたくて、でもニューヨークにはニューヨークのセオリーがあって、それが自分とうまくいかなくてもがいて、とにかく家庭とか子供とか考えたりする余裕はこれっぽちもなかった。夫は今も昔も野心などというものから程遠く、アーティスト志向からはさらに一千億光年くらい程遠く、なによりも家庭第一の人だから最初から子供を欲しがった。私はというと聞く耳持たず、今となっては全く思い出せないが随分ひどいことも言ったような気がする。それは母に対しても同じで私は自分勝手な、違う考えを持つ人の気持ちを配慮したりできないような人間だった。それでもその母が亡くなっていろいろ考えて、結婚した。逆に言うと母が亡くならなければ結婚はしていなかったかもしれない。それが良かったのかどうかはよくわからない。

  2004年、まだ地道にダンスを続けながら私はニューヨークのソーホーにある有名な寿司屋でフルタイムのバイトを朝から深夜までしていた。ここがまあ何と言うかニューヨークの社会構図を縮小したような場所だった。経営はユダヤ人でマネージャー達はアジア系アメリカ人、トップ寿司シェフたちは日本人で巻物を作るのは中国人、奥のキッチンで前菜や寿司以外の品物を作るのがラティーノ移民、閉店後の深夜から早朝まで掃除するのはおそらく不法移民のラティーノ。アジア系アメリカ人と少数の日本人がウェイターを務め、ヤッピーな金持ちアメリカ人客からチップを稼いでいた。トップはあまり働かなくても優雅にバンバン稼ぎまくり、下の者は血と涙の汗をかいて必死に働きながら少しの稼ぎしか手にできず。とはいえ私たちウェイターはちゃっかり稼いでいたのであまり文句は言えないが、骨までしゃぶられるように働かされたのでそれくらいもらって当然、本当はその倍くらいもらってしかるべきと今でも思う。ウェイターにもサービス業にもプロが存在し、その技術と労働にはたくさん支払われるべきなのだ。そこで働いたのはほんの半年だったが、次第に何のために働いてるのか、人生の意味は何かがわからなくなり、体も気持ちも繊細な私は死ぬほど疲弊して死ぬほど世間に嫌気がさした。その影響だかどうだか、ようやくその頃から子供を作ろうと二人の意見がそろい、かなり一生懸命がんばってはみたが(笑)なかなか子宝には恵まれなかった。結局仕事はブッちぎれて辞めたがその後もしっかり月のものはやってきた。その後1年以上働くことができなかったのだから、私がどんなに疲弊していたかわかってもらえることだろう。

  特に医者にかかることもなく半年くらいして、お腹の下の方に固いものがあるのに気づき検診を受ける。6センチくらいのでっかい子宮筋腫だという。切るのを勧められたけど手術が嫌で、切ったら経路(体に走っているエネルギーのパッセージ)はどうなるんだろうとか思って、東洋医学で治そうと漢方、鍼灸、マッサージを大枚はたいて集中的に受けたが、なぜか3ヶ月後9センチまで大きくなった。ががががーんと、かなりのショックだったが、このままもっと大きくなると子宮全体を取らなきゃならなくなるかもと言われ、半日入院して切った。でもやっぱり月のものは律儀に必ずやってきた。

  そうこうするうちに1年が過ぎ、2年が過ぎ。旦那の精子の量が少ないだとか、それに効く漢方だとか、それがてきめんに効いたとか、喧嘩して離婚騒ぎになったりだとか、排卵を誘発する注射を毎月打つ治療法の説明会に行くだとか、行ったけど排卵日の関係でその日のうちにエコーを取って誘発剤を購入しなくてはならないだとか、でもどこで買ったらいいんだろうとか、受付の人のミスで診療時間内に診察されなくて間に合わなかっただとか、仕事で日本に帰ったりだとか。またまた月日は流れ、再び緊迫した離婚騒動に直面し、もうええわい(ちなみに関西出身です)と思って日本に2ヶ月ダンス公演のため滞在し、帰ったら本当に離婚するという話になっていた。公演が終わって一旦ニューヨークに戻ったけれど、なかなか二人とも離婚の話をすることができない。やっぱりまだお互い未練があるのか、ただの根性なしなのか、まあ離婚ってそんなに簡単じゃないということだろう。おまけに1ヵ月後には同じダンス公演のためにベルギーへ行くことになっていたので、少しエアポケット的な宙ぶらりんな状態。時差ぼけもあってぼーっとしていると、そういえば月のものさん、今月はお出ましが遅いなあということになり、ベルギーへ旅立つ1週間前に妊娠が判明した。5週間目だという。この辺のことは次回に詳しく書かせてもらうけれど、とにかくそのときは単純に「ミラクルだ」と思った。私のモンチキン(Munchkin:おちびちゃんみたいな意味)がその頃5週目の命として私の中に宿ってたと思うと今さらながら感無量だ。旦那はいまいち実感しにくかっただろうが、私は身体的な症状はまだなかったけどオンナの本能で直感・予感・実感しまくっていた。戸惑いは去り目前には妊婦への道がサーッと滑走路のように伸びていた、ぼうちゃん37歳であった。(とここで無理やり赤裸々な第1話おわり。...to be continued)

b0166613_1685165.jpg


b0166613_16102493.jpg

[PR]
by flyingbocian | 2009-03-18 12:34 | 妊娠と妊娠するまで


異国のNY砂漠で子育てを乗り切るため睡眠を削って綴るもしかして爆笑もしかして涙ほろり日記


by flyingbocian

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ

全体
自分のこと
妊娠と妊娠するまで
生まれたてから1ヶ月まで
2ヶ月目と3ヶ月目
4ヶ月目
5ヶ月目
6ヶ月目
7ヶ月目
8ヶ月目
9ヶ月目
10ヶ月目
11ヶ月目
1歳
1歳半~2歳
2歳~2歳半
2歳半~3歳
3歳~4歳
6歳
7歳
日本のこと
未分類

以前の記事

2016年 09月
2016年 05月
2015年 11月
2015年 09月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 06月
2012年 04月
2012年 02月
2011年 12月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 04月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月

フォロー中のブログ

空とぶこうのとり

お気に入りブログ(外部)

ブログパーツ

タグ

最新のトラックバック

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧