カテゴリ:8ヶ月目( 4 )

日本珍道中その3 直島の旅

夏に帰省したときのお話。時期遅れですみません。


朝早くMKタクシーが迎えに来る。

と言っても8時台だけど、間借りさせてもらっている友人宅のお部屋はしっちゃかめっちゃかの修羅の住まう空間。その修羅とは・・・もちろんA氏8ヶ月。いくら何でも旅立つ前にある程度片付けなくてはいけないのだが、激しく痛む骨折ホヤホヤの鎖骨がやる気とやるスピードを半減させる。持っていかなくてはならないベビーグッズの何と多いことか。おまけにマイケルの咳き込みも激しくなってきている。むむ・・・

夫婦二人で激しく汗をかき、泊めさせて貰っているお宅のYさんの助けを借りて何とかタクシーに乗り込む。京都駅で妹と落ち合って現代美術の島、直島に行くのだ。わーい。私たちが買ったJRパス(外国人と外国永住者のみが使える格安乗り放題パス)でのぞみは乗れないので、1時間に1本のひかりに何としてでも乗りたいところ。

JRパスを使う初日なので少し早めに京都駅に着き、みどりの窓口奥のカウンターで手続きすると、私とアカルのパスポートがいるという。えっ!「持ってきてないんですけど」と抗議するもアメリカのように無愛想な対応で一蹴された。ムカッ。後から考えたら、本当に海外在住かどうか確認するために入国記録をチェックしなければならなかったのだけど、日本国内で日本のパスポート提示を求められるなんて思いもつかなかったぜ。仕方ないのでまた私だけタクシーに乗って友人宅へ舞い戻り、妹と旦那の待つ京都駅のカフェで再度落ち合う。くそう、また大汗掻いたぜ。京都はまだ蒸し暑いぜ。


             パスポートまだですかぁ・・・むにゃむにゃ

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            おら新幹線さ、乗るだ(ア) 新幹線が入ってくるところを撮って欲しかったのに・・・(マ)

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暑いのでターバンを巻くアカル














   新幹線で岡山まで行って従来線に乗り継ぎそれからフェリーで直島へ。港は日差しがものすごい。

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民家がギャラリーになっている家プロジェクト、ちょうど泊まった日に開催された花火大会などいろいろ楽しいことはあったが、やっぱり一番は地中美術館。何といっても建築家安藤忠雄さんが設計した建物と空間はこの美術館のみならず直島に対して強烈な印象を残した。ものすごく静かで、響きやすい空間に、薄暗いところ、さっと目が覚めるような光の溢れるところが本のページをめくるみたいに展開する。あー、写真に取りたかった(と言ってもニューヨークにカメラ忘れてきたんだけど)。でも美術館内は撮影禁止なので淡い記憶の中にだけ残すこととする。

ほんの小さな音もものすごく響くという空間の中、驚くくらいアカルは静かにしていた。赤ちゃんでもやっぱり雰囲気は伝わるのかもしれない。

http://www.chichu.jp/

三人の常設作家のうちジェームズ・タレルの作品は、何だかいつも自分が日常の中で感じていることを正確に目の前に置いてもらった気がした(HPの写真は私の印象と全然違うように写ってるのでおもしろい)。彼の作品は家プロジェクトの中にもあって、目をつむった集団がガイドに連れられて大きな土蔵の中に入って体験するものだった。これもよかった。旦那と妹と交代して外でアカルと待ちながら見た。

暑かったけれど、島の中の海に続く道や濃い緑の木々、地元のおばあちゃんたちと、何となく風景とそぐわない若い女の子や男の子のたくさんの来訪者たちが、私の目を楽しませてくれる。子連れや外国人もわりといた。こんなに賑わっているなんて思ってなかったからびっくりだ。でも何となくハレなうきうき感覚があって私は楽しかった。私は島が好きなので、相棒の旦那は東京に行ったことはないけれど、いろんな島には行ったことがある。

特別何もないこの島を現代美術の島にしようと思いついたのはベネッセの社長らしい。ベネッセって聞きなれない名前だと思ったら福武書店のことだという。東京から岡山の支店に転勤して、東京にはない田舎の暮らしをみんなに紹介したくなって、安藤忠雄と一緒に美術館建設を計画したのだそうだ。私はてっきり島のおじさんたちが島興しに思いついてがんばったと思ってたので、大手の出版社が絡んでいたと知ってちょっと残念だった。でもまあ、そりゃそうだよね。


       モンちゃん、あれが松島だよ。。。  しょーでしゅかぁ・・・

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島だからさぞかし海の幸が美味しいだろうとワクワクしていたのだが、何の因果か夕飯は花火大会のフランクフルト・ソーセージのみだった。えーん。思っていたよりも店が少なく、閉まるのも早かった上、三人とも疲れ果ててたので、宮崎駿のファンみたいなおばさんがママをしているファンタジー系の喫茶店にも入る気力まし。泣きながらお菓子を食べて空腹を紛らわせる。

私たちが泊まった旅館の部屋は小部屋はみんな修学旅行生みたいな団体客に取られていて、20畳くらいの大広間の隅っこに4人で並んで寝た(一応妹と私ら家族の間には微妙な距離が置かれていた)。アカルはいつもの通り10回くらい起きて泣いたけど、妹はそれなりに寝ることができたようだ。日本に来て1週間くらい経つけれど私も旦那もほとんど眠れていない。。。。


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写真は全て妹によるもの。勝手に載せた。ありがとう!!
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by flyingbocian | 2009-11-30 05:55 | 8ヶ月目

日本珍道中その2 区役所の旅

事の起こりは定額給付金のお知らせだった。住民票をそのままにしてあるので銀行口座とIDがあれば1万2000円給付されるという。しっかり給付してもらおうということでずっと使っていなかった銀行口座を再オープンすることにした。

この口座はもう何年も使っていないので印鑑も通帳もキャッシュカードも全てなくなっている。銀行に電話して聞いてみると、今は実家が違うところにあるから違う支店にトランスファーしなくてはならないとか何だかややこしい。しかも丁寧な話し方すぎて、何を言ってるのか全然理解できず。説明があまりにもややこしかったから、結局何が本当に必要だったのが今となっては憶えていないが、銀行へ行くと保証人が一人必要だという。めんどうくさいので違う支店で新しく口座を開いてやっと通帳をもらった。この後すぐに区役所へ戻って国民保険を再開させなければならない。インフルエンザのこともあるし、まだ小さい赤ん坊に何かあってはいけないと思い、今回はどうしても国民健康保険が欲しかったのだ。

銀行で通帳をもらうとき、カウンターの奥で「**様のお名前が・・・ヒソヒソ」と話しているのが聞こえた。何かと思ったら私の苗字の漢字が変わっているとのことだった。私の苗字には“西”が付くのだがその字の縦の2本線がまっすぐ下まで伸びているという。よく見てみると区役所や国など公の機関から届く郵便には全て、その「縦の線が突き抜けた“西”」がいかにも作りましたよ的な漢字で印字されている。

「普通の“西”だと思うんですけど・・・」
「とにかくこの字はコンピューターで打てなかったので、申し訳ありませんが通帳のお名前は手書きにさせていただきました」

見ると几帳面にも突き抜けた“西”で名前が綺麗に手書きされていた。
今更だけど日本人って本当に丁寧だ。この感動を面と向かって伝えられないのが残念だが(恥ずかしいので)、そんなのは当たり前よという顔でそそくさと別れを告げる。

次は国民健康保険の事務所。

自分の番が来たのでこれまでいきさつを話し調べてもらうと、アカルの住民記載はされてないらしい。いきなり住民記載と言われても何なのかわからなかったけれど、とにかくアカルはアメリカ在住のみで日本には住んでいないことになっているという(実際その通りなのだが)。私自身が住民票をそのままにしているので、ニューヨークの日本領事館で戸籍を入れればアカルも同時に住民票に登録されていると思い込んでいたのだ。その記載をするにはまず私の元の本籍があった下京区まで行って手続きをしなければならないという。え~~!電車で山一つ越えていかなあかんのですけど。今日はもう時間がない。

そしてアメリカの出生証明が必要だというが、そんなものもちろん日本には持ってきていない。アメリカのパスポートがあるのだからアメリカ人であることは自明じゃないの?それにニューヨークの日本領事館で戸籍を入れるには出生証明がなければできないのだ。そういうことをと訴えると「んー、いいですよ。今回はそういうことで。」とあっさりスマイルで流してくれた。日本の役所って融通がきかないのかと思っていたけど、けっこうゆるいんだなあと胸をなでおろす。ひょっとしたらあまりこういうケースはないから、適当でもあまりつっこまれないのかもしれないと思った。しかしながら手続きは明日に持ち越し。めんどくさー!始めは1時間程度で終わるだろうと思っていたから、その後京都の街を回る予定だったのに、ハッと気づくともう3時間以上経っている。いつもの如く行動を始めたのが遅かったので、もう夕方になってしまった。

家に電話をすると旦那と父が腹を空かせて待っていた。その日はみんな疲れていたので、仕事から帰ってきた妹もまじって近所の王将で晩ご飯を食べた。王将の餃子ってうまいときはけっこううまい。パリッとしていて後味も軽くビールがすすむ。父が言うには今日は当たりならしい。それから泊まらせてもらっている市内の友人宅に帰ってきて一日は終わった。久しぶりの日本なのに何もできなかったけど、まあいいや。旅は始まったばかり。その晩アカルはいつものように10回起きて泣いた。みんなでお布団に並んで寝るのはおもしろかった。

翌日。

昼過ぎにまた地下鉄に乗って友人宅から郊外の山科まで行き(何のために利便のいい友人宅に泊まらせてもらってるのやら)、旦那とアカルを実家に残して再び区役所へ。今まで払っていなかった保険金を過去2年に遡って払うことでようやく国民保険をもらう。私は日本で無収入だということで保険料は格安だった。ファーストネームとミドルネームが一緒につなげられているアカルの日本名を見ながら感無量。こんなに安く保険証がもらえるなんて日本って何ていい国なんだろう(多くの人はそのことに気づいてないようだが)。おまけに出産一時金と子供手当てまでもらえると言う。そして子供保険は1回の診察が200円だと言う。ああ、もうこのまま日本に住んでしまいたい。


と書くと簡単に手続きが済んだように聞こえるが、実際にはいろんな機関をめぐり、よくわからない帳尻合わせをしてそれなりに大変で、やはり一日があっけなく過ぎてしまった。実家では可哀想なマイケルがアカルをあやしながら今か今かと私の帰りを待っていた。幼子がいるので夜になれば寝なければならず、またもやどこにも行けなかった。父の作った夕食を食べ、そそくさと市内の友人宅に戻る。明日からは広島に行くことになっているのでまたもや忙しくなりそうだ。

実は国民保険を発行してもらうときにも私の苗字の話が持ち上がった。これは普通の“西”と一緒の漢字なんですかねえと聞くと、そうですよ、ちゃんとした漢字です、でも俗字なんですと言って本を見せてくれた。そこにはちゃんと例の字が記載されている。俗字?本来の漢字とは異なるけど習慣で使われていて広く普及している字を俗字というらしい。

「この際に普通の“西”に変更されますか?」
「え?」
「戸籍は実家の方たちからは独立して世帯主になってらっしゃいますし、ご本人さんの意思で登録漢字を変えられますけど」

まあいいかと思って普通の“西”に変えてもらったが、区役所を出てから亡き母がいつもちゃんと例の俗字で苗字を書いていたことを思い出し何だかすごく後悔してしまった。コンピューターで作られた字は滑稽に見えたが、肉筆で書くときは俗字バージョンの方が書きやすいし格好もいい気がする。家に帰って父に聞くと、おそらく母がそういう風に書いていたので役所が気をきかせて俗字バージョンに戸籍を変えたんじゃないかと言う。それならなおさら俗字を引き継ぐべきだったんじゃないかと後悔の念が募った。

でもま、いっか。
いつでも元に戻せるそうだ。

その後いろんな書類を書く際に気をつけて突き抜けないように”西”を書いて、新しい住所をたくさん書いたのでまるで生まれ変わったような気がした。
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by flyingbocian | 2009-09-25 06:31 | 8ヶ月目

日本珍道中その1 ホテルアイボリー

骨折したのなんて父の知る限り一族で私だけならしい。

言うまでもないことだが骨折って痛い。
それも折れたところだけじゃなくて、その周りなんかも強烈に痛い。
細胞や筋肉や骨や血液なんかがぎゅーッと凝縮して一生懸命体を守ろうとするが、それが体の硬直するような恐怖にも似た痛みをもたらす。道ですれ違う人たちなんかのバタバタした動きと空気すら怖い。声を大にして言いたくなる。「アンタ、それは動きの暴力!私骨折してるんやから!」

しかし自転車に乗りながら携帯電話で話してて、下り坂でバランスを崩し落ちて折ったんだから誰にも文句は言えない。そんなアホのために夜中にたたき起こされて3時間ERで待たされたアカルには文句を言う資格がある。

それが火曜日で、日曜日にアカルが初めての発熱。華氏102度だったか103度だったか。翌日は家族で日本へ行くことになっている。夜明けに旦那に抱かれてぐったりとしたあかるはんを見て、これは旅行キャンセルかと腹をくくったが、朝には熱は下がっていた。7時半から空いている行きつけのクリニックへ飛び込み、1時10分の飛行機で日本へ行くからと脅して割り込ませてもらう。咳がコホコホ出るので吸入をしてもらい、これまた割り込ませてもらって薬局で薬をもらって赤ちゃん用のジュースやいろんなものを買い込んで家に戻ったのは出かける時間の1時間前。鎖骨は痛いわ、アカルは泣くわ、荷物は多いわで、もう思い出したくない。二人とも大量の汗が体中を流れていった。

そんなわけでいろんなものを忘れた。
腕を吊る三角巾。
私の痛み止め。
予備の哺乳瓶。
デジカメ。
何故かパンツの替えだけはたくさんあった。
気が動転していたのだろう。

怒涛のようなフライト(アカルはまあまあ静かだったけど後ろにいた1歳くらいの子供がものすごかった)を経て、大阪伊丹空港に着いたときには旦那とアカルは後ろから息を吹きかければ倒れるくらいへろへろだった。
私は基本授乳以外は何もできなかったからアカルの世話は全て旦那がやってくれた。それに甘えてそこそこ寝ており、あまり疲れていなかったのだが、これから2時間くらいかけて京都の山科に帰るには二人とも疲れすぎてるみたいだったので空港近くの旅館に泊まろうということになった。結婚前に旦那が日本へ来たとき何度か旅館に泊まったことがあり、旦那は旅館のファンであった。空港のインフォメーションに問い合わせると、空港付近に旅館はないがタクシーで10分くらいのところに一晩1万円で泊まれるホテルがあるという。ということでそこに泊まることになった。1万円は何故かその場で払わなくてはならなかった。

いつも忘れるのだけど日本でホテルなどに泊まると人数分払わなくてはならない。アメリカでは基本一部屋いくらなので、**ドルですと言われるとそれプラス税金、サービス料が金額となる。アメリカでこのツインは100ドルですと言われると(シングルとダブルはあまり値段が変わらないことが多々ある)アメリカの田舎をよく旅する我々には、少しこましなモーテルというイメージがある。だけど日本で一部屋一晩1万円とは一人5千円ということで、その時点でこれはもしかしたら安いホテルかなと察しがついたかもしれない。ともかくもタクシーで豊中駅のすぐ前にあるホテルアイボリーに行きチェックインをした。

ロビーは普通な感じだったが、フロントにいた男の受付の人たちは何となく人の良いパチンコ屋か雀荘の店員のような感じがした。
「8階はいらわん方がええわな」
「**号室にしとこか」
これが大阪流なのだろうかと思っていたら、エレベーターで階上に上がってびっくりした。
70年代に建てられた公団みたいな部屋のドアが並んでいる。
そして部屋に入ってみてまたまた仰天。
4畳くらいの部屋に細いベッドが二つ押し込まれていて、その間にラジオとパタッと数字の札が変わる時計が置かれている。ベッドの上には布団の掛け布団が置いてある。

ニューヨーク生まれでポーランド人と日本人のハーフのアカルは「ここどこ?」みたいな感じで、ぼんやりと低い天井を見上げながら無言で布団の上に横たわっている。

す、すまん、アカル。これが日本じゃ、おかあはんの生まれた国じゃ。

それでも唯一よかったことはホテルの向かい側にあるスポーツクラブの中の温泉に(何でスポーツクラブに温泉が・・・)入れたことだった。旦那も温泉好きなので行きたがったが、クローズまで1時間しかなかったのでアカルを部屋で見ておかなくてはならなくて、可哀想に部屋でシャワーを浴びた。このバスルームは在米住民にはなつかしのユニットバス。こっちの感覚で言ったら何でホテルでユニットバスじゃ!ってところだが仕方ない。旦那は口にこそ出さなかったがかなり失望していたと思う。温泉風呂ははからずもよいお湯であった。私は大の銭湯・温泉好きなのだが、今回はこれ以外にたった一度銭湯に行けるのみの運命が待ってることなど、このときは知りようもない。

近くのスーパーで朝ごはんを買い、部屋で食べてから私たちはホテルアイボリーを去った。

「日本」と聞いて私がいつも思い浮かべる風景の田んぼや山たちを車窓に見入りながら、仕切りなおして京都へと。スーツケースとベビーカー連れで不安だったが意外にも快適で早くて安かった阪急電車だったが、結局仕切りなおしはできない旅であった。このときまだそのことはわかっていない。
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by flyingbocian | 2009-09-24 15:24 | 8ヶ月目

雨と命

夜に雨が降っている
今日はいきなりとても暑かった
頭に汗を掻いてるアカルを抱いて庭に出る

涼しい秋風にしとしと雨垂れる二つの頭

気持ちいいね
雨だよ

テントの屋根に打つ音は音楽みたい
これが雨の音

どこかに憶えておいてね
これが雨
優しく頭に降り注ぎ
体を静かに冷やしてくれる

雨は空からやってきて
気持ちを地上に注ぎながら地面の中に吸い込まれる
川になって海になってそれからまた空に戻っていく

アカルも空からやってきた
アカルもいつかは死んで地面に吸い込まれたり川に流れたりして
そこからまた空に戻っていく

誰かが言った
人は喜びの中に生まれてくるって
自分の内側と外側が一体になって
世界が自分を後押ししてくれる
みんな喜びの中に生まれてきた
それはとてもとても気持ちのよいこと(母は苦しくて大変だけどね)
それをどうして忘れてしまうの?

子供のように生きよう
幸せに生きるということは子供のように苦しみを解消していくということ

だから憶えておいてね
どこか何かが懐かしい
そんな瞬間がこれからたくさんあるんだ
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by flyingbocian | 2009-09-24 13:32 | 8ヶ月目


異国のNY砂漠で子育てを乗り切るため睡眠を削って綴るもしかして爆笑もしかして涙ほろり日記


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