カテゴリ:妊娠と妊娠するまで( 8 )

Birth plan

他のブログに書いたものを編集・転載しています。


怒涛の週末ヨガトレーニングが終わった。

今週はミッド・タームの試験で、マラソンのように生徒ひとりひとりが30分ごとにクラスを教えていく内容だったので、出産1週間前となった身にはかなりつらかった(ほとんど寝てたけど)。それに加えて難しいヨガ哲学(スートラ)の講義もあり、頭煮沸状態。特に日曜日は朝の8時からだったので、基本的に朝起きられない私にとって、それはほとんど寝られないことを意味していた。が、私のクラスメートはのん気な人が多くて、いや~ついつい夜更かししちゃって4時間しか寝れなかったよ~わっはっは、という明るい人がけっこういた。

家に帰って3時間の爆睡後、インターネットのサイトを見ながらバース・プランというものを書いてみた。
http://pregnancychildbirth.suite101.com/article.cfm/planning_your_birth

どのくらいの比率かよくわからないけれど、アメリカでは出産の際の希望を書面に明記して担当の医者や助産士に渡す習慣があるらしい。なるようにしかならない部分もたくさんあるだろうし、とりあえずは母子共に健康であれば何にもいらないのだろうけれど、書きだしてみるとけっこういろいろある。誰が分娩室に入ってきてもいいかとか、どういうポジションで出産したいかとか、自然分娩なのか麻酔を使うのか、どんな種類の麻酔なのか、分娩室で軽いスナックを食べたいかとか、会陰切開はするのか、男の子なら割礼をするかとか、誰がへその緒を切るかとか・・・。あまり色々書いて医者に嫌がられても・・・とかってつい日本人的な考えがよぎってしまうけど、これだけは伝えておこうということをリストにしていく。でも私のおじいちゃん担当医はすごくやさしくて親切で気に入ってるので、現場でもいろいろ口でリクエストしてしまう気がする。

日本では夫も分娩室に入れない場合があると聞いたけれど、本当かな。そうだとしたら私は個人的にすごく心細いと思う。私の夫はやさしいので、そして私はすごく甘やかされているので、分娩の際には何でも頼んでやってもらうつもりだ。出産風景を描いたネイティブ・アメリカンの絵に、夫のキン○マにくくりつけた紐を出産中の妊婦が手に持って、激しい陣痛がやってくるとその紐を引っ張って夫も共に苦痛を味わうというのがある。それを見て私は感動して、私もこれやりたいと夫に聞いてみたら、やってあげたいけど法が許さないんじゃ・・・と口ごもっていた。というか、そんなことしたらちぎれてしまうんじゃないかしらん。

自分でも驚いているのだけど、今回はけっこういろいろ事前に準備をした。妊婦のウェブサイトに、今のうちにおにぎりやすぐ食べられるようなおかずをたくさん作って冷凍しておけと書いてあったので、柄にもなくヒジキを煮たり、炊き込みご飯をつくっておにぎりにしたりしてみた。ヒジキはちゃんと冷凍したけど、炊き込みおにぎりはついつい全部食べてしまってもうない。もう一度作らなければ・・・。

赤ちゃんの服も洗濯して、肌着やらスリープ・サックやらいろいろ入院かばんに用意もした。ああ、私も普通のオンナだったのね。などと自分で自分に感動しながら、失敗しないようにとどきどきした毎日を送っている。
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by flyingbocian | 2009-03-29 05:01 | 妊娠と妊娠するまで

臨月

他のブログに書いた過去の日記です。

昨日検診に行ったら、先週やったテストでGBSというバクテリアを持ってることがわかったと言われた。健康な女性の半分くらいが持ってるらしく、大人には危害がないものの赤ちゃんに感染すればかなりの悪影響を与えるものらしい。ノーマルなことだから何も心配する必要はない、陣痛が始まったら antibiotics(抗生物質?)を点滴するからとのこと。

えー、何かいやだなぁと思った。今までいろんなテストをしてきてどれもネガティブだったのに。

家に帰ってネットで調べると、モノによっては10~35%の健康な女性が保持するとも書いてあった。抗生物質で殺してもすぐにまた蘇ってくるらしく、出産の直前(4時間くらい前までに)にantibioticsを取らなければならないそう。これは性交渉などで伝染するものじゃないらしいのだけど、一体どこでそんなバクテリアに感染したんだろう?気が付かなかったなぁ(←当たり前)

今日は一日家でネットをして過ごした。
昨日は張り切ってヨガセンターにアシスタントとレクチャーのために出かけたのだが、アシストしてるクラスの途中で強烈に下腹部が痛くなり、寝転びながら時々起き上がってアシストするような羽目に。その後の3時間レクチャーでは、座ってることも寝転んでいることも苦痛なまでになって(痛みはすぐなくなったりまたやってきたりする)、しばらくスタジオで休んでから旦那に車で迎えに来てもらおうと思っているうちに、何とか3時間過ぎた。今週が一人で遠出する最後の週かも。

することがないのでいろんな人の出産体験談をネットで読んだりしているうちに、もうどーでもいい、多分死ぬほど痛いんだろうけど何とかするしかないよなー、という気持ちになってきた。無痛分娩にしても何故か効かない人や使えない状況があるみたいだし。

とりあえず地下鉄で出産とかいうのだけにはならないようにしなくちゃ・・・
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by flyingbocian | 2009-03-29 04:29 | 妊娠と妊娠するまで

世界の果ては

もうすぐアカルは大きな旅に出る
一体何がきっかけで彼は出発を決心するのだろう

ヨガには下に向かうエネルギー(アパナ)と上に向かうエネルギー(プラナ)という考えがあるけれど下のチャクラから生まれて、上のチャクラ(喉のチャクラ)から死ぬというのは思えば不思議なことだ

ムンバイのテロ襲撃では小さい子供を抱えて脱出した人が何人かいた
両親は殺されてしまったけれど一緒にいたベビーシッターが懇願して子供だけ助かったり
札幌では自宅で早産して生まれて、7つの病院に入院拒否されて死んでしまった赤ちゃんがいたり、アメリカでは薬の副作用で祖父母を銃で殺してしまった12歳の子供がいたり

どんどん世界は悪くなっていく
そのうち本当にナウシカのような世界になってしまうのかな
2008年は何となくその入り口のような気がする
そんな年の終わりに生まれる私の子供
胸が熱くなる

でもアカルは元気だ
ご飯も美味しい
内田春菊と金子光晴を読む
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by flyingbocian | 2009-03-28 21:07 | 妊娠と妊娠するまで

冬眠

過去に他のブログに書いた日記を転載しています。

昨夜は痛くて一睡もできなかった。

まだ1ヶ月あるけど本当にもう生まれるかもしれないと思ったほど。
横になっても座っても強烈な痛みで、このままお腹が裂けるかもと本当に心配になった。今まで小さい、小さいと言われてたのが「なめんなよ」と本領を発揮したようだ。あまりに痛いのでタイラノールを飲もうかと思ったけど、今までせっかく薬なしでやってきたので何となく飲む気になれず、うろうろと居間や台所を歩いて気をまぎらわした。

多分にせもの陣痛と呼ばれる、Braxton Hicks contractionってやつだと思うけれど、それにしても一定の時間を置いて何度も起こったのですごく不安だったし、マジでかなりの激痛だった。マタニティヨガクラスで習った呼吸や、ヨガの四つんばいのポーズでゆっくりと呼吸をすると少し楽になったけれど・・・。

旦那を起こそうかと思ったけれど、多分にせものだろうからと迷ってるうちに夜明けになって、いつの間にかカウチで寝てしまった。7時ごろに寝室へ移動して起きたら11時だった。今日はアメリカではサンクスギビング(感謝祭)というホリデーで、みんな家族や友人と集まってターキーなどを焼いて食べる。うちのサンクスギビングは旦那が仕事で休みが取れなかったので、日曜日に持ち越すことになっている。あー、よかった・・・と思いながらテレビでムンバイのテロ情報を聞きながらまたうとうとして、気づいたら3時。やべーと思いながらも起き上がれず。

次に気づいたら何ともう5時!
まさに冬眠生活。今日一度も外に出てないよ。
とりあえず昨夜から干しっぱなしになっていた洗濯物を取り入れる。隣では楽しそうなパーティの声が聞こえるのに、私ったら何今頃洗濯物を取り入れてるんだろう。それも昨日からのもの。とほほ

そのあと這いずるように晩御飯を作る。Sauteed sockeye salmonとピラフ。最近凝ってるロマネスコというブロッコリーみたいな野菜を茹でて、けっこう美味しくできた。これが私の今日の唯一の活動。ああ、早く無事に生まれてほしい・・・
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by flyingbocian | 2009-03-28 21:03 | 妊娠と妊娠するまで

報告その2

過去ログです。他のブログに妊娠についての日記を書いたものを転載します。

やはり夜になると集中力が少しずつでてくるようだ。
昼間にいろいろしなくてはならない日々は向いてないと思うけど、深夜にクラスを教えるわけにもいかない。理想は昼寝か宵寝で夜更かしと早起きする。やはり南国で暮らした方がよさそうだ。沖縄よ、待っててくれ。(ん?沖縄にシエスタ習慣あったっけ)

もう1ヶ月近くになるけれど性別が判明した。
旦那はどっちか知りたくないというので紙に書いて封筒に入れてもらうことにし、ケナゲにも封筒持参で一緒に病院に行った。検査をしてくれた人はわかったといって、何も言わずに心臓とか肺とか私はよく見えなかったけどいろんな臓器を見ながら10分くらい説明してくれて、その後旦那に「ちょっと向こうを向いてて」と言って私の方にスクリーンを向けてそこへ“BOY”とタイプした。が、がーん。。。ボ、ボーイか・・・「わかった?」と彼女。女の子がほしかった私は「わかりました・・・」とうなだれるが、旦那に気づかれてはいけないと自然に振舞う。
「え?もうわかったの?」と旦那。「わかったよ」と私。

その後もじっくりいろいろ説明してくれるんだけど、何故かその後はずっと主語が"he"となり、私はおいおい、ばれるじゃないか“baby”と言ってくれよと内心ひやひやだったけど、検査係の人は何にも言わずそのままずーっと"his eyes""his heart"と続けていく。そして検査も終わりに近づいた頃、ようやく「あのー、私はインド人だからインドでは子供は一般的に"He"なのよ。だからあなたの子供が男の子というわけではないのよ。」と言った。
おっせーよ、フォローが。大体、英語じゃsheで受けるんじゃないの?!(違うかも)

ということで検査が終わって廊下でエレベーターを待ってるときに、やっぱり旦那に「男の子だったんでしょ?」と言われた。う・・・そ、そうです。「やっぱりな~」

ということで男の子だった。
ということで今、名前を一生懸命考えている。
ある日クラスから帰ってきたら、その日休みだった旦那が「ねえねえ、フジタってどう?」と言う。ふ、ふじた?苗字みたいなんですけど・・・
「じゃあフジトは?」うーん、微妙。「でも何で?」と聞くと
「富士山だから」
・・・・
かわいいけど(旦那が)でもちょっと考えさせてと言うと
「じゃあヒトっていうのは?」
「ヒ、ヒト?」human beingですかい?
「ヒってlightっていう意味でしょ?」
いや、それはローマ字英和辞典が間違ってるのでは。

というわけで国際結婚の男の子の名前ってかなり難しいと思う。

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by flyingbocian | 2009-03-28 21:00 | 妊娠と妊娠するまで

ご報告

過去ログです。他のブログに書いた妊娠してからの日記を転載しています。


ニューヨークは毎日むし暑いです。
しかしどうして毎日大したこともせずにパタパタと過ぎていくんでしょうね。謎です。
庭ではいちごのシーズンが終わり、いつもながら盛大に育っていくズッキーニの横でトマト、レタス、きゅうりなどがゆっくり身体を伸ばしております。今年は初めてぶどうの実が姿を見せました。まだ緑色で今回食べられるようになるかよく知りませんが、今で5つくらい房が実っております。庭の植物たちを見ていると、自分が何もしてなくても何かやってるような気になります。まあ、みんな元気にしてるんだからいいじゃないかと。

ベルギーから帰ってきて1ヶ月ちょっと。その後フロリダにバケーションに行ってサルみたいに真っ黒になって帰ってきました。北マイアミにある美しいヌードビーチに行ったのですが、すごくよかったです。変な人もいたけど(笑)ふつうのカップルや親子連れなんかもいました。以前初めて行ったときは緊張して、自分はともあれ他人のブツを(笑)見たくないと思いましたが、私は割りとすぐに環境に慣れてしまうタイプで今回は何の抵抗もなくのびのびと海と日光を楽しみました。たまには裸もええやないか、ええやないか。

柄にもなく暑中見舞いのような文章を書いておりますが、それというのも個人的なお知らせをしようと思っているからでして、まあ大したことじゃないんですが、実はこの度わたくしは念願の子供を授かりました。今15週目、もう少しで4ヶ月です。日本とアメリカでは妊娠の数え方が若干違うようでして、よくわかりませんがこっちではもうほとんどsecond trimesterという安定期に入っています(と思います)。ほとんどつわりもなく、ただコーヒーを飲むとゲロゲロはいてしまう、少ししか食べていないのに消化が悪くお腹がふくれている、という私なりに辛い期間はありましたが、最近はもうそれは終わったなという気がしています。なんて思ってさっきコーヒーを飲んだらはいてしまいました(飲むなっつーの)。油断は禁物です。

今のところ9月からISHTAヨガの500hr Advanced Teacher Training Courseを受けようと思ってzります。3月までのコースで何事もなければ出産のために半分くらいしか受講できませんが、残りはまた来年受けることで大丈夫なようです。せっかくだからこの際、prenatal yoga(マタニティヨガ)も教えれるようになりたいと思い、8月に5日間のコースを受講する予定です。

そして7月末には以前クラスを取っていたmovement therapistのMartha Eddyの Bartinieff foudamentalのワークショップを取りたいな、8月末にマサチューセッツ州であるDharma yogaのリトリートに参加したいな、10月には最後のチャンスとしてガラパゴスに行きたいな、などといろんな想いは交錯しますが、実際今ですら少しずつできないヨガのポーズなども出てきているので、妊娠なめたらアカン(けっこうなめてる)、無理は禁物と自分に言い聞かせています。たとえばヨガクラスを教えるとき、私はついついばっちりデモンストレーションをしてしまうのですが、こないだ3クラス続けてやったあと気分は爽快でしたが少し身体が重く、お腹がだるかったです。それでマンハッタンのクラスでほとんどデモンストレーションせずに口頭の指示だけにしたら、ものすごく楽でびっくりしました。

しかし夏はやっぱり刺身とそうめんとビールですね。
生ものとアルコールは止められているので悲しいかぎりです。でもユニオンスクエアのファーマーズ・マーケットで生のイカを買ったので、こっそり食べちゃおうかな。いやいやなめたらアカン。しめじと絹さやとガーリックと一緒に炒めて食べようかしら。
などと考えているうちにも時間というものはとめどなく流れていきます。

みなさんお体に気をつけて。

ニューヨークのボーチャン(ポーランド語でこうのとり)より。

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by flyingbocian | 2009-03-28 20:54 | 妊娠と妊娠するまで

ベルギーでつわり

過去ログです。プロフィールとして、アメリカに引っ越してこれまでにあったことをなるべくまとめて書いていきます。

私の妊娠が判明したのは第5週目で金曜日だったんだけど、実はその次の週には日本へダンス公演のために立たなきゃなんないことになっていた。自分としてはもう妊娠していることは何となくわかっていたけれど、とにかくつわりとか流産とかが怖くて、一応先生と話がしておきたかった。何せ初めてだから。日本には練習のために1週間かそこら滞在してから次の公演先ベルギーへ行くことになっていた。日本へ立つ前にインターネットで調べてみたら、何とベルギー滞在中にばっちり重なっている。でも今さらキャンセルなんてとてもできない。まずはウォークインで一般内科で尿の検査をしたら、ハイヒールを履いた化粧の濃いロシア人の女医がカツ、カツ、カツと廊下を歩いてきてバーン!とドアを押して「あなたは妊娠してるわよ!OK?」と大声をあげて部屋に入ってきた。OK?って言われても。。。

その後産科へ。そこでおそるおそる聞いてみると「何?ダンス?」と大きな声で聞き返された。「え、ええ・・・でも演劇のようなパフォーマンスのような舞台なんです・・・でも飛んだり回ったり飛び跳ねたりはいっぱいするけど・・・・もごもご」すると先生は大きな目をキラキラさせて「ダンス!ベリーグー!」とサルサのような動きで腰と腕をくねらせた。「ダンスは体にいい」とおっしゃる。「大丈夫。君はたぶんつわりはないよ。考えたり不安に思ったりしたらそうなるから、何も考えずにいなさい」とのこと。ホンマか、とは思ったが、まさに今聞きたかった言葉だったので「わかりました!」と手を握って素直に従った。ああ、よかった。日本だったら飛行機に乗るのにも反対されたかもしれない。アメリカに住んでてよかったと思った数少ない場面であった。

産科の先生の予言通り無事日本での練習を終え、いよいよベルギーへ出発する前夜のこと。泊まっていた実家にはインターネット回線がないのでネットカフェに行った帰り、思わず自転車からすべり落ちそうになるほどの吐き気をもよおす。一瞬のできごとだったが嫌な予感がした。しかし先生の助言に従って「時差で疲れてるんだろう」と気にしないことにしたら、本当にそのまま何も起こらなかった。ただ朝コーヒーを飲んで歯磨きをすると、まことにスムーズにげろげろげろと食べたものとコーヒーを吐き出してしまう。その後はスッキリ。でもお腹がぶくーっと膨らんで恥ずかしかった。この頃赤ちゃんはまだ小指の爪ほどの大きさだろうに、何だかわからないけどお腹だけはデブってた。他の共演者達はみんなすらっと細かったのでなおさら恥ずかしい。この時期って絶対まだ妊婦に見えないから、そんでもって初期はあんまり人に妊娠のことをベラベラ話さない方がいいらしいから(流産の危険性が高いから)大抵ただのデブに見られるのだ。まあ、そう言いながらも、たまにちょこっとベルギービールを飲んだりシャンペンを飲んだりしていた。ヨーロッパってみんな結構お腹大きくても3日に1回くらいならアルコールもいいだろうみたいな感じで、妊婦もお店で飲んでいる人がいた。何かいい感じである。私もせっかくベルギーに来たんだからと、がんばって飲んでいたが、やっぱり体が受け付けなくて悔し涙を流したものだった。

そんなわけで、つわりはなかった。
ただ3回だけ、どれも5分から15分くらい気分が悪くなったくらいだった。
踊るのにも何の不自由もなく、深刻な睡眠不足ながらもまあまあ元気だった。
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ブリュッセルでの公演も無事終わりパリへ。ただ友達と恩師に会いに行っただけだが、さすがに帰りはぐったり疲れ、ブリュッセルへ戻る4時間のバスの旅も爆睡。バスの着いた南駅周辺はものすごく汚くて乞食も多く、吐き気がするくらいの臭気が漂っていた。ブリュッセルって綺麗なところはとても綺麗だけど、公園なんかも汚いところはNYよりも汚くてびっくりする。このときばかりはマジで吐くかと思ったが何とか押しとどめ、変に親切に道を教えてくれたおっさんにまとわりつかれながらも、やっと路面電車に乗って友人宅へと戻った。ブリュッセルは小さくてどこへでも歩いて行けて、とても住み心地良さそうなよいところであった。
ブリュッセル公演についての詳細はこちら↓
http://bocian.exblog.jp/7151241/ 
http://bocian.exblog.jp/7160915/)

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帰りはアイルランド、ダブリン経由の飛行機。4時間ほどトランジットの時間があったのでダブリンのダウンタウンをうろつきながら、やっぱりギネスにトライ。しかし心とは裏腹に体が激しく拒否して、ほとんど飲めなかった。これが妊娠期間中ほぼ最後のアルコールとなった。ちなみにアイルランド料理は・・・塩っ辛い。。。

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by flyingbocian | 2009-03-27 15:08 | 妊娠と妊娠するまで

結婚するまで・妊娠するまで

過去ログです。プロフィールとして、アメリカに引っ越してこれまでにあったことをなるべくまとめて書いていきます。


  学生のときに知り合った現在の夫に出会ったのは1997年の終わり。うかうかしている内に今年でもう12年も経ってしまったんだなあと思わず深呼吸してしまう。2000年に母が病に倒れ、学校卒業と同時に日本へ帰国して2001年の1月17日に母が亡くなった。そのまま1年半もの間日本で何となく暮らしていて、2002年に結婚のため渡米して再びニューヨーク生活が始まったのだけど、そのころの自分は遠い残像くらいにしか憶えていない。いろんなことを夢見ていたように思う。それが悪いというのではなくて、そして今も同じように夢見がちな人間だけれど、とにかくあの頃はダンスを作りたくて故郷の京都のようにダンスのコミュニティを作りたくて、でもニューヨークにはニューヨークのセオリーがあって、それが自分とうまくいかなくてもがいて、とにかく家庭とか子供とか考えたりする余裕はこれっぽちもなかった。夫は今も昔も野心などというものから程遠く、アーティスト志向からはさらに一千億光年くらい程遠く、なによりも家庭第一の人だから最初から子供を欲しがった。私はというと聞く耳持たず、今となっては全く思い出せないが随分ひどいことも言ったような気がする。それは母に対しても同じで私は自分勝手な、違う考えを持つ人の気持ちを配慮したりできないような人間だった。それでもその母が亡くなっていろいろ考えて、結婚した。逆に言うと母が亡くならなければ結婚はしていなかったかもしれない。それが良かったのかどうかはよくわからない。

  2004年、まだ地道にダンスを続けながら私はニューヨークのソーホーにある有名な寿司屋でフルタイムのバイトを朝から深夜までしていた。ここがまあ何と言うかニューヨークの社会構図を縮小したような場所だった。経営はユダヤ人でマネージャー達はアジア系アメリカ人、トップ寿司シェフたちは日本人で巻物を作るのは中国人、奥のキッチンで前菜や寿司以外の品物を作るのがラティーノ移民、閉店後の深夜から早朝まで掃除するのはおそらく不法移民のラティーノ。アジア系アメリカ人と少数の日本人がウェイターを務め、ヤッピーな金持ちアメリカ人客からチップを稼いでいた。トップはあまり働かなくても優雅にバンバン稼ぎまくり、下の者は血と涙の汗をかいて必死に働きながら少しの稼ぎしか手にできず。とはいえ私たちウェイターはちゃっかり稼いでいたのであまり文句は言えないが、骨までしゃぶられるように働かされたのでそれくらいもらって当然、本当はその倍くらいもらってしかるべきと今でも思う。ウェイターにもサービス業にもプロが存在し、その技術と労働にはたくさん支払われるべきなのだ。そこで働いたのはほんの半年だったが、次第に何のために働いてるのか、人生の意味は何かがわからなくなり、体も気持ちも繊細な私は死ぬほど疲弊して死ぬほど世間に嫌気がさした。その影響だかどうだか、ようやくその頃から子供を作ろうと二人の意見がそろい、かなり一生懸命がんばってはみたが(笑)なかなか子宝には恵まれなかった。結局仕事はブッちぎれて辞めたがその後もしっかり月のものはやってきた。その後1年以上働くことができなかったのだから、私がどんなに疲弊していたかわかってもらえることだろう。

  特に医者にかかることもなく半年くらいして、お腹の下の方に固いものがあるのに気づき検診を受ける。6センチくらいのでっかい子宮筋腫だという。切るのを勧められたけど手術が嫌で、切ったら経路(体に走っているエネルギーのパッセージ)はどうなるんだろうとか思って、東洋医学で治そうと漢方、鍼灸、マッサージを大枚はたいて集中的に受けたが、なぜか3ヶ月後9センチまで大きくなった。ががががーんと、かなりのショックだったが、このままもっと大きくなると子宮全体を取らなきゃならなくなるかもと言われ、半日入院して切った。でもやっぱり月のものは律儀に必ずやってきた。

  そうこうするうちに1年が過ぎ、2年が過ぎ。旦那の精子の量が少ないだとか、それに効く漢方だとか、それがてきめんに効いたとか、喧嘩して離婚騒ぎになったりだとか、排卵を誘発する注射を毎月打つ治療法の説明会に行くだとか、行ったけど排卵日の関係でその日のうちにエコーを取って誘発剤を購入しなくてはならないだとか、でもどこで買ったらいいんだろうとか、受付の人のミスで診療時間内に診察されなくて間に合わなかっただとか、仕事で日本に帰ったりだとか。またまた月日は流れ、再び緊迫した離婚騒動に直面し、もうええわい(ちなみに関西出身です)と思って日本に2ヶ月ダンス公演のため滞在し、帰ったら本当に離婚するという話になっていた。公演が終わって一旦ニューヨークに戻ったけれど、なかなか二人とも離婚の話をすることができない。やっぱりまだお互い未練があるのか、ただの根性なしなのか、まあ離婚ってそんなに簡単じゃないということだろう。おまけに1ヵ月後には同じダンス公演のためにベルギーへ行くことになっていたので、少しエアポケット的な宙ぶらりんな状態。時差ぼけもあってぼーっとしていると、そういえば月のものさん、今月はお出ましが遅いなあということになり、ベルギーへ旅立つ1週間前に妊娠が判明した。5週間目だという。この辺のことは次回に詳しく書かせてもらうけれど、とにかくそのときは単純に「ミラクルだ」と思った。私のモンチキン(Munchkin:おちびちゃんみたいな意味)がその頃5週目の命として私の中に宿ってたと思うと今さらながら感無量だ。旦那はいまいち実感しにくかっただろうが、私は身体的な症状はまだなかったけどオンナの本能で直感・予感・実感しまくっていた。戸惑いは去り目前には妊婦への道がサーッと滑走路のように伸びていた、ぼうちゃん37歳であった。(とここで無理やり赤裸々な第1話おわり。...to be continued)

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by flyingbocian | 2009-03-18 12:34 | 妊娠と妊娠するまで


異国のNY砂漠で子育てを乗り切るため睡眠を削って綴るもしかして爆笑もしかして涙ほろり日記


by flyingbocian

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