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マイケルとアカル

私の相棒マイケルはアカルをマジで目に入れて痛くないくらい可愛がっております。

親って泣く子供に対して2つのタイプがあると思う。自分の子供が泣いていても全く気にならずに放っておけるタイプと、胸が痛んで放っとけない~というタイプ。私は今まで後者のような人間がいるなんてあまり信じられなかった。だって泣き声って基本的にうるさいし、うっとうしいものじゃないですか。泣いててもかわいいときもあるけど。いや、そりゃ、特に最初のころは慣れなくて何がなんだかわかんなくて、泣いたら、ヒー泣き止んでくれ~、私もお母さんになったんだから・・・などとワタワタしましたよ。そんで子供がかわいいのもよくわかるよ。でも何ていうか、たとえば私は3時間もビービー泣かれたらキレるけど、何時間泣かれても胸が張り裂けそうになる人って信じられない。マイケルがそういうタイプなのだ。

夜中に子供が起きて、授乳するとすぐに寝入ってしまったとする。私はもちろんオムツを替えてもう一度起こしてしまったりせず、「うーん、まだまだ大丈夫。You can do it!がんばれオムツ」などと一人ジョークをかましてそのまま寝かせてしまう。そんで次に替えられそうなときに替える。まあ、放置しすぎるとかぶれてしまうのでよくないんだけど、タイミングが悪けりゃしょうがないと思ってそれでおわりである。私がたまたまマイケルの前でたっぷり膨らんだオムツを取り替えてたり、たまーにウンチなんかがちょびっとついてたりすると「え!このウンチ乾いてる!いつ替えたの?かわいそう!!」とのたまう。疲れているときにいちいち言われると「うっるせーなー、だったらてめーがおっぱいやれよ」などとグレてしまうんだけど、これって私が薄情すぎ?

長時間泣き続けるアカルを抱きあげて「私の目を見て!わかる?イ・ナ・フ(enough)!ユー・ハッド・イ・ナ・フ!!」と説き伏せていると(もちろん半分冗談ですよ)、すぐに「そんな怖い声出しちゃだめだよ。かわいそうだし逆効果」とかって自分の方に引き寄せて、「ごめんね~マミー怖かったね~、今日はアカルもタフな一日だったからね、泣くのもわかるよ~。でもね、そんなにひどくないよ~」とかってずーっと話しかけてる。その忍耐力信じられない。何だよ、おいら怖い声なんか出してないよ、ふん。でもちょうどいいので、そのまま子供を見てもらって私は本でも読む。

という話を友達にしたら、そんなのアンタ情がなさすぎよと言われたけど。

それでもマイケルの親バカぶりは微笑ましくもある。私はいろんな子育てウェブサイトに登録しているので、毎週いろんな記事や子供の成長過程の話などがEメールで届く。それをいつもマイケルに読んできかせている。

「一ヶ月もすると赤ちゃんはだんだん昼夜の区別がつくようになる」
「でも自然になるんじゃなくて、日中の光とか見せたり、外の空気に少し触れさせて街の雰囲気が昼と夜で違うのを感じさせてあげるといいらしいよ」
「ふーん・・・」
すると翌朝ブラインドをあけて「モンちゃん(モンチキンのあだ名)わかる?朝だよ~太陽の光だよ~まぶしいねえ」と話しかけてるマイケルの姿が。それどころか夜にも外を少し歩いて「モンちゃん、静かだねぇ、夜だねえ」などど言っている。私はというと、しめしめ、これで夜はずっと寝てくれるかもとほくそえむ。

またまたある日、「手の指とか足の指とかを一本ずつ触ってあげるといいらしいよ。赤ちゃんは最初からだの間隔がつかめてないから」と言うと、またまた次の日「これはねー親指だよ、お・や・ゆ・び。さあこのワンちゃんをさわってみよう」となーんて言ってる。とにかく彼はよくアカルに話しかける。私なんて、たとえばアカルが母乳をブハーッと吐いたらババーッと無言で片付けるが、マイケルの場合いちいち自分のアクションを報告して大丈夫?とか話しかけている。

アカルはその甲斐あってか1ヶ月くらいしたらかなり頻繁に、あっうーん、とか、くー、とか言うようになった。ある日、ベビーベッドの前でいつものように覗き込んでいるマイケルを肩越しに見ると
マイケル「モンちゃん、あっうーん」
アカル「あっうーん」
マイケル「モンちゃん、ああううーん」
アカル「あ・ううーん」
と息もぴったり、どうみてもマイケルを真似して答えてるのである。それもマイケルが大きめの声を出すと同じように繰り返すのだ。
「えー、すごいやん、アカル!」と私もやってみると、一変してこれが何も返してくれない。
・・・・
「僕らは毎日たくさんお話してるからね。フフ」
く、くそ・・・

それ以来私もヒマを見ては、あっうーん、あっくーんとアホみたいにやってたらようやく時々私にも返してくれるようになった。う、うれしい。やっぱりギブ・アンド・テイクなのね。

同じく1ヶ月くらいしてからにっこり微笑むようになったのも、最初はマイケルに対してだった。勘違いのないように言っておくが、私もちゃんと微笑みかけてますよ、フツーに。そりゃマイケルに比べるとわかりにくいかもしれないけど。ぶつぶつ。3ヶ月になった今もマイケルが仕事から帰ってくると、いかにもうれしそうににっこりと笑う。それを見たマイケルの幸せ度は計り知れない。

万が一、大きくなってグレた時のためにこの日記を書いておく。アカルよ、アンタほんとに愛されているんだよ。


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by flyingbocian | 2009-03-30 12:16 | 生まれたてから1ヶ月まで

寒空のバーベキュー

今日の育児は我ながらうまくいった。
だんだん泣き方で何がほしいのか少しずつわかってくるようになった。たぶん。フフ

ところが夕方になって来週だと思っていた友人の誕生パーティが今日だったことが判明した。この友人とはもう何年も会っていなかったので久しぶりに会いたかったけど、知ってる人が誰もいないパーティなのでどうしようか迷っていたのだ。この手のパーティはうまくいけばとても楽しいけどうまく行かなかったら最悪で、それこそ壁の花になってしまう。アメリカ式のパーティは、来る時間も適当、帰るのも適当、誰が来ても適当にそのへんの人と話す、というものが多いので誰かを誘って行くのが賢明なのだけれど、こんな急に駆けつけてくれる人もいないし旦那は私の友人の集まりには基本的に参加したがらないしで困った。でもせっかくなのでアカルを連れて少しだけ顔を出すことにした。長らく会ってなかったその友人にどうしてもアカルを見せたかったのだ。急遽夕飯を作り、ちょうど早めに仕事から帰ってきた旦那に車で送ってもらって1時間半後にピックアップしてもらうことにした。

その日はとても暖かい日だった。あまり寒くない、という彼の言葉を鵜呑みにしてアカルの上着も厚めのフリースのジャケットのみで、カーシートに入れて会場のアパートまで行った。車を降りて外の冷気にかなりびっくり。日が暮れていつの間にかかなり気温が下がっている。風も強い。心配になりながら入り口のドアを開けてもらうため電話をする。ドアのブザーは壊れているらしいので電話をすることになっていたのだ。が、誰も出ない。友人の携帯電話にもかけてみる。が、応答なし。激しい突風が吹きぬける。旦那の車はもう去ってしまっている。し、しまった。待つこと5分。私も薄着なのでどんどん寒くなってくる。パーティで盛り上がってて電話に気づかないんだろう。。わー、どうしよう。アカルはまだ3ヶ月なのだ。

泣きそうになりながら待っているとパーティに来たらしい若者の集団がやってきた。知らない人たちだったが「乳児を抱えてるのに誰もドアを開けてくれないのよー」と泣きついていると、会場提供者らしい女の人が外に出てきてようやく中に入ることが出来た。アメリカのアパートは大抵とても暖かいので、これで大丈夫・・・とホッとしていると、意外に部屋の中が寒い。ふっと見やると、バックヤードに続く奥のドアが全開になっていて外でバーベキューをやっている。し、しまった。バーベキュー・パーティだったのだ。友人の姿を求めておずおずと外へ出てみると、寒風吹きすさぶ中、たくさんの人が立ったままビールを飲んでおのおの勝手にワイワイしながらつまみを食べたりしている。一番奥にバーベキューのグリルがあって誕生日ボーイの友人が談笑しながらせっせと肉を焼いている。楽しそうだけど、はっきり言って赤ちゃん連れには拷問である。椅子もほとんどない。アカルは何も言わなかったけど、手足がどんどん冷えてきている。何もこんな寒い中、外でバーベキューをせんでも・・・。

とにかく友人のところまで行って声をかけた。「おお!来てくれたの」と喜んでくれたが、彼は肉を焼いたり人とハグしたりプレゼントをもらったりで忙しい。アカルを見せても「かわいいじゃん」と言ったきり、他のことに紛れて全然話ができない。何よぉ、もっと褒めてよぅ。

お肉を焼いてくれたけど、赤ちゃんを抱えて立ったまま食べることもできないので、やむを得ず一旦部屋の中へ戻った。そこでささっとお肉を食べ、回りにいた人と特におもしろくもない言葉を交わし(「赤ちゃん何歳?」「名前は?」「へー大きいねー」)寒さにブルッとなりながら、自分の心の声に気づく。がんばって来たのに何だか私全然楽しくない。

赤ちゃんのことだけでなく、もうこういう若者向けのパーティには全然合わないようになってきたな、と思う。その場にいる人たちとゆっくり語り合わずして何のためのパーティなんだろうか。その誕生パーティは楽しそうであったけれども。

結局もう一度友人のところまで行って「もう帰るからあと5分何か話そうよー!」とけんか腰に話しかけたけど、やっぱりゆっくり話すことはできず、人ごみに紛れてちゃんとバイバイも言えないまま部屋を後にした。ああ大失敗。体も冷たくなって、泣きはしなかったけどどことなくムッとしたような様子のアカルを見て、悪いことをしたなあと思った。

教訓その1:4月半ばまでのバーベキューパーティには行かないこと
教訓その2:子連れで立食パーティには行かないこと
教訓その3:暖かそうに感じても毛布と着ぐるみは持っていくこと

こんなパーティに親子を呼ぶなよお、と思ったりもしたけど、やっぱ子供いないとそんなことわかんないのかもしれない。と言いながら実は他にも小さな子供を連れてきている人はいた。アメリカ人強し。彼はチャイナタウン近くの会社で働いているので、今度飲茶ランチでもおごってもらってチャラにしようと思う。

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by flyingbocian | 2009-03-30 01:14 | 2ヶ月目と3ヶ月目

自分のお産について考える

他のブログに書いた日記を転載しています。

以前の日記に書いたように私は緊急帝王切開で出産をしたわけなのですが、それは産後1ヶ月たった今も少し「引っかかる」出来事です。自分の考えをまとめるために、そのことについて少し書いてみます。

まずはそれが「促進」されたお産だったってこと。メインの理由は「羊水が少なくなっている」と言われたこと。赤ちゃんもあまり動いておらず、心拍も低くなっているということ。また羊水のレベルにはいろいろ説があって、これは自然系の出産本に書いてあったのだけれど、羊水は日によって量が異なることもあるらしい。だからその日少ないからといって慌てることはないという説もある。

第2に促進剤には陣痛を誘発させるピトシンというのが使われたのだが、これが効きすぎて赤ちゃんはお腹の中で暴れまわるし、私も激痛に襲われるし、仕方がないのかもしれないけど正直ひどい目にあった。そしてピトシンは激痛をもたらすため、痛みを抑える麻酔エピドュラルを使わざるをえなくなるということ(がんばって耐えて使わないようにすればよかったのだろうけれど)。さらにエピを使うと陣痛が遅くなりまたピトシンを使って、それをまた抑えるためにエピを使って・・・という悪夢のダウンワード・スパイラルに陥りやすいということ。私は1度ずつしかピトシンとエピを使わなかったけれどこわい話である。

第3は、これもほんと仕方がないことなんだけれど、3年前に受けた子宮筋腫の摘出手術でお腹(子宮)を切ってる経緯があるということ。切らずにおへそから管か何かを入れて筋腫を切る内視鏡手術もあったみたいだけど、保険の都合で受けられなかった。もしこの手術をしていなければ今回吸引などで無理やり普通分娩ということもできたかもしれない。

まさに、もしもあの時・・・の連続マイナス思考なんだけど、産んでから運ばれたリカバリー・ルームでウトウトとまどろみながら私はぼんやりこんなことを思ってた。結局は仕方がなかったなという所に行き着くけれど「何かすっきりとしないな~」という感じ。でもまあ、それでもぐうぐう寝ていたんだけど。

なぜ破水もしてないのに(と思う)羊水が少なくなっていたのかわからないけど、1週間くらい赤ちゃんの動きが少し鈍かった気もするので、羊水は少し前から少なくなっていたのかもしれない。それなら早めにそう報告していれば違ったのかと考えると、ただ単に早めに帝王切開になっただけのような気もする。もしくは「促進」お産にNOと言えばよかったのかもしれない。でも赤ちゃんの胎動が少なくなって心拍も少ないと言われたときに、どれだけの人が「いえ、大丈夫です。」と踏み切れるだろうか。

子宮筋腫の手術に問題があったのだろうか。その当時私は手術を受けたくなくて、鍼灸や漢方の治療をを集中的に受けていた。それでも3ヶ月後には6センチだった腫瘍が何と9センチにも膨れ上がって、このままでは子宮全部取らなきゃならないということにまでなってしまった。

うーん、やっぱりコトがなるようにしかならなかったのかもしれない・・・
それに何と言っても無事に生まれてきてくれたのだし。

ただまるで自分がこの国の保険・医療制度の闇の世界で踊らされたような気がして、何だか納得できない。というか単純に残念だった。陣痛もしんどかったし、帝王切開手術も怖かったし。インターネットで日本のテレビ番組を見たら、若いタレントさんがすごくやさしい看護婦さんたちに囲まれて、立派に静かにお産をしておられた。病院のご飯もおいしくて体に優しいものばかりに違いない(私なんて翌日ミートボール・パスタよ)。もし次の機会があるのなら是非とも日本の病院にお願いしたいと思う。窓の外に満開の桜でも眺めながら。
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by flyingbocian | 2009-03-29 06:04 | 生まれたてから1ヶ月まで

Birth plan

他のブログに書いたものを編集・転載しています。


怒涛の週末ヨガトレーニングが終わった。

今週はミッド・タームの試験で、マラソンのように生徒ひとりひとりが30分ごとにクラスを教えていく内容だったので、出産1週間前となった身にはかなりつらかった(ほとんど寝てたけど)。それに加えて難しいヨガ哲学(スートラ)の講義もあり、頭煮沸状態。特に日曜日は朝の8時からだったので、基本的に朝起きられない私にとって、それはほとんど寝られないことを意味していた。が、私のクラスメートはのん気な人が多くて、いや~ついつい夜更かししちゃって4時間しか寝れなかったよ~わっはっは、という明るい人がけっこういた。

家に帰って3時間の爆睡後、インターネットのサイトを見ながらバース・プランというものを書いてみた。
http://pregnancychildbirth.suite101.com/article.cfm/planning_your_birth

どのくらいの比率かよくわからないけれど、アメリカでは出産の際の希望を書面に明記して担当の医者や助産士に渡す習慣があるらしい。なるようにしかならない部分もたくさんあるだろうし、とりあえずは母子共に健康であれば何にもいらないのだろうけれど、書きだしてみるとけっこういろいろある。誰が分娩室に入ってきてもいいかとか、どういうポジションで出産したいかとか、自然分娩なのか麻酔を使うのか、どんな種類の麻酔なのか、分娩室で軽いスナックを食べたいかとか、会陰切開はするのか、男の子なら割礼をするかとか、誰がへその緒を切るかとか・・・。あまり色々書いて医者に嫌がられても・・・とかってつい日本人的な考えがよぎってしまうけど、これだけは伝えておこうということをリストにしていく。でも私のおじいちゃん担当医はすごくやさしくて親切で気に入ってるので、現場でもいろいろ口でリクエストしてしまう気がする。

日本では夫も分娩室に入れない場合があると聞いたけれど、本当かな。そうだとしたら私は個人的にすごく心細いと思う。私の夫はやさしいので、そして私はすごく甘やかされているので、分娩の際には何でも頼んでやってもらうつもりだ。出産風景を描いたネイティブ・アメリカンの絵に、夫のキン○マにくくりつけた紐を出産中の妊婦が手に持って、激しい陣痛がやってくるとその紐を引っ張って夫も共に苦痛を味わうというのがある。それを見て私は感動して、私もこれやりたいと夫に聞いてみたら、やってあげたいけど法が許さないんじゃ・・・と口ごもっていた。というか、そんなことしたらちぎれてしまうんじゃないかしらん。

自分でも驚いているのだけど、今回はけっこういろいろ事前に準備をした。妊婦のウェブサイトに、今のうちにおにぎりやすぐ食べられるようなおかずをたくさん作って冷凍しておけと書いてあったので、柄にもなくヒジキを煮たり、炊き込みご飯をつくっておにぎりにしたりしてみた。ヒジキはちゃんと冷凍したけど、炊き込みおにぎりはついつい全部食べてしまってもうない。もう一度作らなければ・・・。

赤ちゃんの服も洗濯して、肌着やらスリープ・サックやらいろいろ入院かばんに用意もした。ああ、私も普通のオンナだったのね。などと自分で自分に感動しながら、失敗しないようにとどきどきした毎日を送っている。
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by flyingbocian | 2009-03-29 05:01 | 妊娠と妊娠するまで

お産の終わりとあーちゃんの登場

他のブログに書いた過去の日記です。

タイトルはちょっとメルヘン風に。
この日記はもう何度も書きかけては中断してを繰り返していて、もう一言「ダンジ、ウマレル」だけの報告にしようと思ったのですが、せっかくなので今まさに膝の上でおならをぶーっとこいておられる男の子の誕生物語を自己満足のためにも書いておこうと思います。

チビぼう、あーちゃんはクリスマスイブについに生まれました。

12月22日は予定日だったけれど何も起こらず。
ミッドタウンでヨガを教えてらっしゃるSさんに借りていた本を急いで返しに行った後、余裕をかまして旦那と一緒にマンハッタンの蕎麦屋でランチを食べる。

翌日はちょうどドクターとのアポイントメント。問題ないと思うが、一応出産予定の病院に行って検査を受けてみなさいとのこと。(普段の検診は小さな総合クリニックで受けている。出産の担当医は同じ)以前に子宮筋腫手術で子宮を切っているのに普通分娩をするということで、私は“ハイリスク出産”とされており、担当の先生はしばしば私を専門医に送っていたのだった。関係ないけど私の担当の先生はスペイン語で“小さな窓”という名前の優しいおじいちゃんです。

すぐに病院に行って検査を受ける。どうも羊水が少なくなっているらしく子供があまり動いていないという。そして心拍数も低いらしい。破水の覚えは全くなかったので寝耳に水だった。そのとき私はものすごくお腹がすいていたので、そのせいじゃないのと検査医に助言してみたが(私はよく先生に助言する)それとは関係ないと一笑された。検査室の隣はちょうど看護士たちの休憩部屋で、クリスマスクッキーやケーキなどが続々運ばれていく。死にそうなくらいお腹がすいていたのでじーっと見てると、私の専門医は「きみ、お腹すいてるの?クッキー食べる?」とクッキーを数枚くれた。その後も何回か「もっとくれ」と要求してさらに食べたクッキーが最後の食べ物になろうとは。ケーキも食べておけばよかった。

エコーのあと、さきほどの専門医に呼ばれてお話。「クリスマス前に出産したい?それとも後?」といきなり聞かれ「いつでも準備オッケーよ。わはは」と冗談をかましたら「OK。レッツ・ドゥー・イット・トゥデイ!」とおっしゃる。え、トゥデイ・・・?
「赤ちゃんの心拍も落ちてるし羊水のレベルも下がってる。このまま家に帰って何か起こったら心配だし。これから上の陣痛室に行って促進剤を投与して、明日には生まれるよ。はっはっは」「君はラッキーだよ。さっき僕がたくさんクッキーあげたからね。もう生まれるまで何も食べられないよ」
駐車のメーターにコインを追加しに行った夫が帰ってくると、「こ、これから産むんだって・・・」と体が震える。し、しまった。お昼ごはんを食べてくればよかった・・・いや、それどころじゃない。

時刻は午後3時ちかく。入院手続きやら保険の記入やらを済ませ、陣痛をする個室に入って栄養剤などの点滴を受ける。
「君がラッキーだったら大体8~12時間くらいで子宮口が開いて分娩室に行けるかもしれない。そうでなかったら・・・もっとかかるかもね。」
が~ん、ラッキーで8時間・・・

実はこの日は、夕方の6時ごろに妹が日本から飛行機でNYに到着することになっていた。
分娩と重ならないといいけどなあと思っていたが、ばっちり重なってしまった。旦那は空港まで迎えに行かなくてはならないし、それ以外にもいろいろ準備をしなくてはならないので4時半ごろ一旦家に戻る。その間私は普通に元気にテレビを見ながら看護士といろいろ話したりしていた。一つとても気になっていたことがあったのである。それは・・・下の話になるがアメリカで浣腸をするかどうかという点であった。それまでに調べた限りでは、どうも浣腸はないらしいというのが結論だったのだが確認したかったのである。というのも、実はその日、朝のアポイントメントが早くて用を足せていなかったのだ。はっと気づくと点滴やら何やらでベッドにくくりつけられている。分娩室に行くまでに是が非でもやってしまわなくては。ということで、おそるおそる尋ねてみると「そんなものはしない」とのこと。しかも!トイレに行ってもいいけど「きばっちゃダメ」らしい。え・・・そんな馬じゃないんだから・・・

そのあと何度もトイレでトライしたが出来なかった。
看護士のおばちゃんは「あのね、分娩室ではそういうこと毎日起こってるから誰も気にしないわよ!」と言う。私が気にするよ!!
そんなこんなで7時ごろいよいよ促進剤が投与されるも、10時くらいまで何にも起こらず。しつこくお腹はすいている。

8時半ごろ妹と旦那が到着。
「マイケルが鮭の味噌焼きを作ってくれたよ」

10時ごろ長旅で疲れた妹は家へ帰り、11時ごろ旦那だけがまた戻ってくる。

1時くらいまでヨガ風呼吸でじっくり陣痛に対応。

2時くらいから呼吸どころではなくなり叫びはじめる。しかしこの時点でまだ子宮口は1.5センチしか開いていない。というか、朝の診察ですでに1.5センチ開いていたんですけど・・・

3時ごろ、エピドラル(麻酔)を懇願する。が、まだ子宮口1.5センチのまま。5センチまで待ちなさいとのこと。

5時ごろ(?)引き続き叫びまくる。
まだ1.5センチ・・・あ・り・え・な・い!
先ほどの看護士が来て「アンタ、これまだ前半よ。あと10倍くらい痛くなるわよ」という。やかましい!とっとと浣腸もって来い!(冗談です)

6 時ごろ(?)絶叫。ベッドに横たわっていられない。勝手に床に四つんばいになって耐える。激しく背中をさすってもらう。やっと4.5センチ。陣痛はもう 1~2分間隔に。産前に読んだ情報ではもう間もなく生まれる状況のはずなのに・・・子宮口が10センチになるまでイキむことはできない。やっとエピドラルの許可がおりる。「でも今、麻酔医が他の人にしている最中だから、もう少し待っててね」

20分(?)経過。慟哭。まだ麻酔医現われず。お願い、もう一人雇ってください。

10分(?)経過。ようやく麻酔医登場。「大丈夫、すぐ効くからね~」
彼はものすごくテキパキとあっという間に痛みもなく硬膜下麻酔(という名前だったと思う)をしてくれた。

5分後。天国。よし、これから生むぞ!

しかし傍にいた看護士の表情がすぐれない。
「気分はどう?」
「痛みはなくて天国よ。でもちょっと寒い」

まもなく看護士がインターホンで何やら話し始めると、すぐに5,6人の医者やら看護士やらが入ってきていきなり酸素マスクやら何やらをつけられる。「これは帝王切開にした方がいいかもな」とか話してる。
ここでやっとドクター“小さな窓”登場。え~ん、ドクター、遅いじゃないですか~
どうやら私の血圧が急低下し、赤ちゃんの心拍数も低下してしまったらしい。触診をしてもらうと、赤ちゃんの頭はまだまだ高い位置にあるという。そのくせ陣痛は異常に激しく、赤ちゃんは動きまくってるらしい。

「君は子宮筋腫手術もしているし、これは帝王切開にした方がいい。」

が、が、が~ん!!
一番恐れていたことが・・・!!
いやだ~~

本当に断ろうかと思ったくらい普通分娩にしたかったが、どうもリスクが高そうだったのでどうしようもなかった。諦められなくて、促進剤なんて打たなきゃよかったんじゃないのかとおじいちゃんドクターに言うと、促進剤ですんなり安全に生まれることもあるし、こういうこともある、仕方ないよ、と言われる。おじいちゃんはおじいちゃんなので、手術は彼のパートナー医師が担当するらしい。「わしはアシスタントに回るからね」
「でも今、他の患者の帝王切開手術中だから、少し待っててね」ま、またか。

そのころ妹がタクシーで現われる。「大変なことになったねえ。でもお医者さんの言うとおり、安全第一で帝王切開にした方がいいよ。」妹はいつも冷静でしっかり者さんである。
手術室の立会いは一人だけということなので、旦那に来てもらって、先ほどの麻酔医が(偶然にも彼はポーランド人だった)同じく麻酔を打ってくれた。この手術についてもいろいろ語るべきことはあるのだが、長くなるので割愛。一言だけ述べておくと、下半身麻酔だけなので痛みはないが非常に怖い代物だった。しかし麻酔も入れて大体全部で40分くらいのスピード手術で、アメリカ人もやるなと思ったくらい、終わってしまえばあっという間だった。クリスマスイブの午前 11時47分、5回くらいおんぎゃ~と泣いて、あーちゃんは無事登場した。このときはやっぱり涙が出た。

急にお腹が開けられて引っ張り出されてびっくりしただろうな。

ようこそ。お待ちしておりました。
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by flyingbocian | 2009-03-29 04:38 | 生まれたてから1ヶ月まで

臨月

他のブログに書いた過去の日記です。

昨日検診に行ったら、先週やったテストでGBSというバクテリアを持ってることがわかったと言われた。健康な女性の半分くらいが持ってるらしく、大人には危害がないものの赤ちゃんに感染すればかなりの悪影響を与えるものらしい。ノーマルなことだから何も心配する必要はない、陣痛が始まったら antibiotics(抗生物質?)を点滴するからとのこと。

えー、何かいやだなぁと思った。今までいろんなテストをしてきてどれもネガティブだったのに。

家に帰ってネットで調べると、モノによっては10~35%の健康な女性が保持するとも書いてあった。抗生物質で殺してもすぐにまた蘇ってくるらしく、出産の直前(4時間くらい前までに)にantibioticsを取らなければならないそう。これは性交渉などで伝染するものじゃないらしいのだけど、一体どこでそんなバクテリアに感染したんだろう?気が付かなかったなぁ(←当たり前)

今日は一日家でネットをして過ごした。
昨日は張り切ってヨガセンターにアシスタントとレクチャーのために出かけたのだが、アシストしてるクラスの途中で強烈に下腹部が痛くなり、寝転びながら時々起き上がってアシストするような羽目に。その後の3時間レクチャーでは、座ってることも寝転んでいることも苦痛なまでになって(痛みはすぐなくなったりまたやってきたりする)、しばらくスタジオで休んでから旦那に車で迎えに来てもらおうと思っているうちに、何とか3時間過ぎた。今週が一人で遠出する最後の週かも。

することがないのでいろんな人の出産体験談をネットで読んだりしているうちに、もうどーでもいい、多分死ぬほど痛いんだろうけど何とかするしかないよなー、という気持ちになってきた。無痛分娩にしても何故か効かない人や使えない状況があるみたいだし。

とりあえず地下鉄で出産とかいうのだけにはならないようにしなくちゃ・・・
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by flyingbocian | 2009-03-29 04:29 | 妊娠と妊娠するまで

世界の果ては

もうすぐアカルは大きな旅に出る
一体何がきっかけで彼は出発を決心するのだろう

ヨガには下に向かうエネルギー(アパナ)と上に向かうエネルギー(プラナ)という考えがあるけれど下のチャクラから生まれて、上のチャクラ(喉のチャクラ)から死ぬというのは思えば不思議なことだ

ムンバイのテロ襲撃では小さい子供を抱えて脱出した人が何人かいた
両親は殺されてしまったけれど一緒にいたベビーシッターが懇願して子供だけ助かったり
札幌では自宅で早産して生まれて、7つの病院に入院拒否されて死んでしまった赤ちゃんがいたり、アメリカでは薬の副作用で祖父母を銃で殺してしまった12歳の子供がいたり

どんどん世界は悪くなっていく
そのうち本当にナウシカのような世界になってしまうのかな
2008年は何となくその入り口のような気がする
そんな年の終わりに生まれる私の子供
胸が熱くなる

でもアカルは元気だ
ご飯も美味しい
内田春菊と金子光晴を読む
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by flyingbocian | 2009-03-28 21:07 | 妊娠と妊娠するまで

冬眠

過去に他のブログに書いた日記を転載しています。

昨夜は痛くて一睡もできなかった。

まだ1ヶ月あるけど本当にもう生まれるかもしれないと思ったほど。
横になっても座っても強烈な痛みで、このままお腹が裂けるかもと本当に心配になった。今まで小さい、小さいと言われてたのが「なめんなよ」と本領を発揮したようだ。あまりに痛いのでタイラノールを飲もうかと思ったけど、今までせっかく薬なしでやってきたので何となく飲む気になれず、うろうろと居間や台所を歩いて気をまぎらわした。

多分にせもの陣痛と呼ばれる、Braxton Hicks contractionってやつだと思うけれど、それにしても一定の時間を置いて何度も起こったのですごく不安だったし、マジでかなりの激痛だった。マタニティヨガクラスで習った呼吸や、ヨガの四つんばいのポーズでゆっくりと呼吸をすると少し楽になったけれど・・・。

旦那を起こそうかと思ったけれど、多分にせものだろうからと迷ってるうちに夜明けになって、いつの間にかカウチで寝てしまった。7時ごろに寝室へ移動して起きたら11時だった。今日はアメリカではサンクスギビング(感謝祭)というホリデーで、みんな家族や友人と集まってターキーなどを焼いて食べる。うちのサンクスギビングは旦那が仕事で休みが取れなかったので、日曜日に持ち越すことになっている。あー、よかった・・・と思いながらテレビでムンバイのテロ情報を聞きながらまたうとうとして、気づいたら3時。やべーと思いながらも起き上がれず。

次に気づいたら何ともう5時!
まさに冬眠生活。今日一度も外に出てないよ。
とりあえず昨夜から干しっぱなしになっていた洗濯物を取り入れる。隣では楽しそうなパーティの声が聞こえるのに、私ったら何今頃洗濯物を取り入れてるんだろう。それも昨日からのもの。とほほ

そのあと這いずるように晩御飯を作る。Sauteed sockeye salmonとピラフ。最近凝ってるロマネスコというブロッコリーみたいな野菜を茹でて、けっこう美味しくできた。これが私の今日の唯一の活動。ああ、早く無事に生まれてほしい・・・
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by flyingbocian | 2009-03-28 21:03 | 妊娠と妊娠するまで

報告その2

過去ログです。他のブログに妊娠についての日記を書いたものを転載します。

やはり夜になると集中力が少しずつでてくるようだ。
昼間にいろいろしなくてはならない日々は向いてないと思うけど、深夜にクラスを教えるわけにもいかない。理想は昼寝か宵寝で夜更かしと早起きする。やはり南国で暮らした方がよさそうだ。沖縄よ、待っててくれ。(ん?沖縄にシエスタ習慣あったっけ)

もう1ヶ月近くになるけれど性別が判明した。
旦那はどっちか知りたくないというので紙に書いて封筒に入れてもらうことにし、ケナゲにも封筒持参で一緒に病院に行った。検査をしてくれた人はわかったといって、何も言わずに心臓とか肺とか私はよく見えなかったけどいろんな臓器を見ながら10分くらい説明してくれて、その後旦那に「ちょっと向こうを向いてて」と言って私の方にスクリーンを向けてそこへ“BOY”とタイプした。が、がーん。。。ボ、ボーイか・・・「わかった?」と彼女。女の子がほしかった私は「わかりました・・・」とうなだれるが、旦那に気づかれてはいけないと自然に振舞う。
「え?もうわかったの?」と旦那。「わかったよ」と私。

その後もじっくりいろいろ説明してくれるんだけど、何故かその後はずっと主語が"he"となり、私はおいおい、ばれるじゃないか“baby”と言ってくれよと内心ひやひやだったけど、検査係の人は何にも言わずそのままずーっと"his eyes""his heart"と続けていく。そして検査も終わりに近づいた頃、ようやく「あのー、私はインド人だからインドでは子供は一般的に"He"なのよ。だからあなたの子供が男の子というわけではないのよ。」と言った。
おっせーよ、フォローが。大体、英語じゃsheで受けるんじゃないの?!(違うかも)

ということで検査が終わって廊下でエレベーターを待ってるときに、やっぱり旦那に「男の子だったんでしょ?」と言われた。う・・・そ、そうです。「やっぱりな~」

ということで男の子だった。
ということで今、名前を一生懸命考えている。
ある日クラスから帰ってきたら、その日休みだった旦那が「ねえねえ、フジタってどう?」と言う。ふ、ふじた?苗字みたいなんですけど・・・
「じゃあフジトは?」うーん、微妙。「でも何で?」と聞くと
「富士山だから」
・・・・
かわいいけど(旦那が)でもちょっと考えさせてと言うと
「じゃあヒトっていうのは?」
「ヒ、ヒト?」human beingですかい?
「ヒってlightっていう意味でしょ?」
いや、それはローマ字英和辞典が間違ってるのでは。

というわけで国際結婚の男の子の名前ってかなり難しいと思う。

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by flyingbocian | 2009-03-28 21:00 | 妊娠と妊娠するまで

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過去ログです。他のブログに書いた妊娠してからの日記を転載しています。


ニューヨークは毎日むし暑いです。
しかしどうして毎日大したこともせずにパタパタと過ぎていくんでしょうね。謎です。
庭ではいちごのシーズンが終わり、いつもながら盛大に育っていくズッキーニの横でトマト、レタス、きゅうりなどがゆっくり身体を伸ばしております。今年は初めてぶどうの実が姿を見せました。まだ緑色で今回食べられるようになるかよく知りませんが、今で5つくらい房が実っております。庭の植物たちを見ていると、自分が何もしてなくても何かやってるような気になります。まあ、みんな元気にしてるんだからいいじゃないかと。

ベルギーから帰ってきて1ヶ月ちょっと。その後フロリダにバケーションに行ってサルみたいに真っ黒になって帰ってきました。北マイアミにある美しいヌードビーチに行ったのですが、すごくよかったです。変な人もいたけど(笑)ふつうのカップルや親子連れなんかもいました。以前初めて行ったときは緊張して、自分はともあれ他人のブツを(笑)見たくないと思いましたが、私は割りとすぐに環境に慣れてしまうタイプで今回は何の抵抗もなくのびのびと海と日光を楽しみました。たまには裸もええやないか、ええやないか。

柄にもなく暑中見舞いのような文章を書いておりますが、それというのも個人的なお知らせをしようと思っているからでして、まあ大したことじゃないんですが、実はこの度わたくしは念願の子供を授かりました。今15週目、もう少しで4ヶ月です。日本とアメリカでは妊娠の数え方が若干違うようでして、よくわかりませんがこっちではもうほとんどsecond trimesterという安定期に入っています(と思います)。ほとんどつわりもなく、ただコーヒーを飲むとゲロゲロはいてしまう、少ししか食べていないのに消化が悪くお腹がふくれている、という私なりに辛い期間はありましたが、最近はもうそれは終わったなという気がしています。なんて思ってさっきコーヒーを飲んだらはいてしまいました(飲むなっつーの)。油断は禁物です。

今のところ9月からISHTAヨガの500hr Advanced Teacher Training Courseを受けようと思ってzります。3月までのコースで何事もなければ出産のために半分くらいしか受講できませんが、残りはまた来年受けることで大丈夫なようです。せっかくだからこの際、prenatal yoga(マタニティヨガ)も教えれるようになりたいと思い、8月に5日間のコースを受講する予定です。

そして7月末には以前クラスを取っていたmovement therapistのMartha Eddyの Bartinieff foudamentalのワークショップを取りたいな、8月末にマサチューセッツ州であるDharma yogaのリトリートに参加したいな、10月には最後のチャンスとしてガラパゴスに行きたいな、などといろんな想いは交錯しますが、実際今ですら少しずつできないヨガのポーズなども出てきているので、妊娠なめたらアカン(けっこうなめてる)、無理は禁物と自分に言い聞かせています。たとえばヨガクラスを教えるとき、私はついついばっちりデモンストレーションをしてしまうのですが、こないだ3クラス続けてやったあと気分は爽快でしたが少し身体が重く、お腹がだるかったです。それでマンハッタンのクラスでほとんどデモンストレーションせずに口頭の指示だけにしたら、ものすごく楽でびっくりしました。

しかし夏はやっぱり刺身とそうめんとビールですね。
生ものとアルコールは止められているので悲しいかぎりです。でもユニオンスクエアのファーマーズ・マーケットで生のイカを買ったので、こっそり食べちゃおうかな。いやいやなめたらアカン。しめじと絹さやとガーリックと一緒に炒めて食べようかしら。
などと考えているうちにも時間というものはとめどなく流れていきます。

みなさんお体に気をつけて。

ニューヨークのボーチャン(ポーランド語でこうのとり)より。

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by flyingbocian | 2009-03-28 20:54 | 妊娠と妊娠するまで


異国のNY砂漠で子育てを乗り切るため睡眠を削って綴るもしかして爆笑もしかして涙ほろり日記


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