カテゴリ:日本のこと( 4 )

お父さん

日本に3ヶ月里帰りしてアメリカに帰る数週間前、父の両脚が急に腫れてパンパンになった。

父は糖尿病で、ずいぶん前に脳梗塞を併発してからずっと自分で栄養管理をやってきて、
昔はインシュリンを注射で打っていたのに錠剤に変えられるようになるなど、私の感じとしては
よくなってきたように思っていた。

脚の腫れは週末だけにやっている家の仕事をした後にひどくなるので、私は
「立ち仕事が原因なんじゃないか」と言った。血栓ができて腫れることもあるらしい。
というのも11年前に亡くなった母が病床についていた頃、座ることができなくてずっと立っていたら
脚がパンパンに腫れ上がった時期があったからだ。

「そうやな、体が疲れとるのかもしれん。」

私たちがアメリカへ帰ったら病院に行くと父は言って別れたが、帰国してしばらくしてから
妹が電話をかけてきた。

「話さなあかんことがあるんやけど」

妹によると、父は3日間の検査入院から帰ってきたばかりだという。
病院へ診察に行ったところすぐに入院して検査することになったらしい。
それでわかったのが、父の腎臓が腎不全の一歩手前の状態で、徹底した食事制限をしても
1年後くらいには人工透析を受けなければならないかもしれないということだった。

驚く私に妹は「まあ、それはそれとして置いといて」と言う。
その後に妹が続けたのはすごくショックな内容だった。

「退院するちょっと前に撮ったCTスキャンで肺に大きな影が見つかったらしい」

父の退院日がちょうど土曜日だったため妹は仕事が休みで家にいた。
父から電話をもらって急遽妹も病院で担当医の話を聞くことになった。

妹によると、まだその腫瘍が何かはわからないものの腎臓よりもまずそちらの治療を
優先して行うべきなので呼吸器科の医師を紹介する、まずは呼吸器科医と話して今後の検査や
治療の方針を決めていくこと、食事制限はできるかぎり徹底して行うこと、などが話されたという。

でも父は糖尿病の治療のために毎月1回血液検査をしていたしレントゲンも撮っていたので、
どうしてもっと早く発見されなかったのかと聞くと、血液検査でも癌の発見はできないことが多いし、
腫瘍の位置が心臓のすぐ後ろあたりなのでレントゲンでもわかりにくいということだった。

もう私は声が出なかった。

私の母は横隔膜の近くにできた肺がんで亡くなったのだ。

翌日父から電話がかかってきて話した。
多くの事柄は既に妹から聞いていたことだったが、淡々と話す父の声は切なかった。

結局その腫瘍は肺がんだった。それも母と同じタイプの腺がんですべてを手術で切り取ることはできない。

とうとうこういうことが起きてしまった。
母が病気になったときは、アメリカの学校を卒業した直後に日本へ帰って、そのまま看病をしながら6か月後に母を看取ることができた。
今は結婚して子どもがいるので、なかなか身軽に移動することができない。異国に住む者の宿命というか、周りのみんながよく話しているようなことが自分の身にも起こってしまったのだ。

私は母が病に倒れたとき、日本に戻ってこれて、ずっと母と一緒にいれたことを今も本当に感謝している。
あの時は私もまだ若くてよくわかっていたけれど、バイト先でやはり母を看取った人がいて「絶対にすぐ日本へ帰って毎日一緒に過ごした方がいい。私は毎日母と一緒にいて、病室でも床で寝ながら看病した」と言ってくれたので、自分もそうしたのだった。
だから父も、もしもの時にはそばにいて看取ってあげたいと思っている。

でもそんなとき、ふとゴンちゃんのことを思い出す。
母がものすごくかわいがっていたラブラドールとゴールデンの雑種で、母の方が何年も早くに亡くなってしまったのだが、母はよく「もしゴンが死んだら毎日泣いて暮らさなきゃならない」と言っていた。「大型犬は寿命が短いからね」と言って。
皮肉なことに、それからそんなに間を開けないで母が先に逝ってしまった。
父を看取るつもりでも、意外に自分の方があっけなく先に逝ってしまうかもしれない、と。
母は病を得たのが52歳で、53歳になって数か月で亡くなってしまった。今自分が母の年齢に近づいていくにつれて、母は本当に若くして亡くなったんだな、としみじみ思う。

その後父は、手術と放射線治療をしただけでこれと言った治療もしなかったのだが、今となってはそれが逆によかったか、進行はとても遅く、6年経った今も(2018年)両肺に広がってはいるものの、なんとか一人暮らしをしてやっている。ただこれからどうなるのかはわからない。私はまだ相変わらずニューヨークに文句を言いながらも住み続けている。


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by flyingbocian | 2012-06-23 03:43 | 日本のこと

福岡合宿2012

2月27日からずっと旅をしている。

そのことを何とか書き留めておきたいと毎日思いながら、ずっとそのままになっているので、夕方子どもが眠ってしまったこの機会にようやく重い腰をあげようとコーヒーを淹れてコンピューターに向かっている。

名古屋のセントレアから大阪に入り、韓国人街の友人宅で飲めや食えやの2日間を過ごし、荷物を置きに1日だけ実家のある京都に戻って、またすぐに福岡へ発った。福岡へ行くのは3回目だ。

1回目は2008年、妊娠中に参加していたダンス公演のツアーで福岡を訪れ、天神に1週間飲めや歌えやの滞在をした。2回目は去年の6月、震災のせいだか何だかで頭と体が激しく混乱していたときに一人でアメリカから帰国し、所属しているスロービジネススクール(SBS)の本拠地の水巻、ゆっくり村のある赤村、筑豊の宿つどいば、imacoco(現Terra小屋)のある博多を訪れた。そして今回はSBS合宿に参加するため、再度水巻、赤村、つどいば、博多を訪れたという訳だ。今回の合宿の場所決定は、私がおさらいをできるように組んでくれたような気がしている。

合宿のことでパッと目に浮かび上がってくるのは、2日目だったか、夕食の後に大広間でみんなが膳市をやっている風景だ(膳というSBS内でお金の代わりに交換されている地域通貨かお金を使って、商品やサービスを交換し合うというもの)。地域通貨というあまり馴染みのないモノを紙に書いて交換し合って、まるで縁日のように部屋の中をみんなで好き勝手にうろうろする。時間が短かったので面白くなってきた頃に終わりになってしまい残念だったけれど、タッピングタッチを受けてぐうぐう眠っているお疲れなNコーチョーや、子どもに乗られたまま足つぼマッサージを受けているSさん(だったか?)や、手作りの商品を売るTさんの娘Yちゃん、そしてマヤ暦にハマッてCちゃんの話をふむふむと聞く私など、何だかとても「SBS」っぽい光景だった気がする。ついでに言うと、Cちゃんとはこのとき初めて会ったのだが、この人のほんわかした人柄の奥にするどい直感洞察のようなものを感じて、私は彼女のマヤ暦のコンサルティングに惹きこまれてしまった。そしてそのせいだか何だか、後日彼女のおうちに無理やり1泊泊まらせてもらったりもした。Cちゃん、またよろしくね。

今回の膳市で私は何も提供しなかったけれど、次回から絶対何かしたいと思った。ショップ膳というSBSが経営しているスロービジネスカンパニー(SBC)のネットショップからネロリウォーターのお試しキットを買ったのだが、9膳という高額に(?)最初はちょっと「持っている膳がなくなってしまうかも」と財布の紐を締めるような気持ちになってしまった。するとショップ膳のTさんが「膳はなくなったらまた作ればいいから」と言ってくれて、「あ!」という気持ちになった。そうだ、使うのではなくて交換するんだ、私と仲間さえいれば膳がなくなることはないんだ、と思い当たった。なくならないように貯めておこうとした自分が、なんだかベニスの商人の悪徳高利貸しシャイロックのように思えて恥ずかしかった(ちなみに私は小学校の学芸会でシャイロックを熱演したことがある)。

その他に合宿ではいろんなうれしい体験があったが、何といってもうれしかったのは、名前だけ知っていた人に直接会えて知り合えたことだった。そしてみんなの独特の存在感。特に女性では、見習いたいようなすばらしい人がたくさんいた。食のこと、仕事のこと、子どものこと、原発のこと。今まで気になっていたけれどそのままで終わっていたことに、すんなり向き合ってマイナーながらも確固と生きている人たち。福島の事故以来、大きな衝撃を受けて精神的にかなりダメージを受けたと静かに語るNコーチョー。その軌跡にささやかながらも一歩足を踏み入れられたことのうれしさを噛み締める。

膳市の後はみんなが片づけを手伝っていたのに、子連れだった私は早々に個室へ引き上げなくてはならなかったのが、後から思えばとても心苦しかった(そのときは一生懸命だったのであまり周囲に注意が向けられなかった。いつもながらこれも反省)。みんなは広間に雑魚寝だったのに、私たちは個室を与えてもらってそれもちょっと心苦しかったり寂しかったりしたが、実際とても助かった。

でも子どもが寝付いた後、同室だったCちゃんと一緒に部屋を抜け出し、まだ寝ないでいた不良酒飲み集団と台所のテーブルで一緒にだらだら酒を飲んで話せたのは楽しかった。不良ママのぼうとCちゃんが部屋に戻ったとき、一番小さい1歳のSくんが思いっきり泣いているのが廊下から聞こえて、笑いながら慌てて部屋へ入っていった。そんな小さなこともとても幸せな時間だった。

合宿の日程は全然スローじゃなくて子連れにはかなりハードなものだったのだが、この辺から私の子育てに関する心理状態が少しずつ変わっていった気がする。簡単にまとめると、子どもは大勢の子どもや大人に囲まれて育つと、子も親も楽にのびのびと生きられる、というようなことかもしれない。今までは子どもが何か“至らないこと”をしたりすると、恥ずかしくなって怒ったりやめさせようとしたりする気持ちが働いたけれど(“私が何とかしなければ”“私のせいで”と焦る)、大勢の家族のような仲間に囲まれていると「この子はこういう性質があるんだ、今はこういう状態なんだ」と冷静に観察しやすい気がする。この1ヶ月ちょっと続いた子連れ旅ではどんどんこの気持ちが強くなってきて、結果どんどん楽になっていった。

でもまあ傍から見れば、まだまだ髪の毛を振り乱して子どもに振り回されているように見られただろう(恥ずかしー)。合宿のあたりは特に、アカルは慣れない異国にいるせいか、時差のせいか、ちょっとしたことで激しく何度も泣いていたから。でもそれはアカルのせいじゃない。言葉もあまりわからない国で、いろんなところに連れまわされて彼も大変だったと思う。

あともうひとつ印象に残っていることは、赤村のツアーで陶芸の釜を持っている庵のようなところに行ったとき(この辺は子守が大変であまりよく覚えていないので記憶が間違っているかもしれない)、確か事務局のYさんの陶芸の師匠だった気がするその庵の持ち主が、「もう2年間かまどに火を入れてません」と話されたことだ。個人が食器などを作って生計を立てるということは現在の日本ではほとんど不可能だと言っておられた。「100金ショップなどで安く買えるのですから」

こういうことにはお金を貯めることばかり考えないで、できれば地域通貨などでどんどん交換していきたいと思った。

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by flyingbocian | 2012-04-16 22:18 | 日本のこと

Learn From 3.11第3回目イベント2月22日に開催します

第3回Learn From 3.11 知ることからはじめよう
新しい年が明けてホッとしながらも、どうしても去年起こった3.11のことを考えずにはいられません。
NY在住の日本人女性たちで立ち上げたLearn From 3.11も今回でイベント3回目で、被災地での心理ケアについてみなさんと情報と気持ちをシェアしたいと思います。

復興、復興とはやし立てる声がよく聞かれますが、外側の復興と内側の快復の両面でバランスを取りながらゆっくりやっていく必要があるように思います。長かったような短かったような、遠く離れたNYで直接被害にあった方々に面識のない私ですらそれなりに傷つ、涙した一年。被災地の人たちの心境やいかに・・・と思います。とにかくも本当に大変だと思う。やはり人の気持ちの快復には時間と労力がかかります。みんなで少しでも現状を知っていくために、被災地で国境なき医師団とともに1ヶ月を過ごされたクリニカル・ソーシャルワーカーの桐畑美香さんをお招きしてお話を聞き、その後はじっくりと時間を取って参加者みなさんで軽食をつまみながら歓談・情報シェアをする交流会の時間を持っています。ぜひいらしてください。

参加は予約制となっています。
learnfrom311@yahoo.co.jpまでお申し込みお願いします。


====================

第三回、Learn From 3.11 知る事から始めよう。

東日本大震災から1年、「心の被災、被災者と支援者への心のケア」
~南三陸町での1ヶ月:国境なき医師団とともに被災地での心理ケア活動に従事して

ゲストスピーカー:桐畑美香(クリニカル・ソーシャルワーカ
ー)


日程:2月22日(水)6:30pm 開場  6:45pm 開始
場所:日系人会ホール:15 West 44th Street, 11th Floor (bet. 5th & 6th Aves.)
会 費:$15(ブッフェ式軽食を含む。)
参加申し込みは、メールにてお願いしま す。
Email: learnfrom311@yahoo.co.jp
(男女を問わず、どなたでもご参加下さい。)

私たちの活動も第三回目を迎えました。
今回は、「心の被災、被災者と支援者の心のケア」に光を当てて、皆さんと話し合う場を持ちたいと思っています。
もう既に「震災関連死」と認定された方々は、1000人を越えています。そして、その中で、震災関連自殺者は、昨年末までで49人にものぼります。せっかく震災や津波も乗り越えた命が、無惨になくなっていくのは、つらい事です。

私たちNYにいる者たちには、どうすることもできないのかも知れませんが、被災者の心に寄り添い、その事について知り、考える事は、大事な事だと思います。これって、決して、被災者だけの特別な問題ではなく、何かのきっかけで、私たち自身もそういう状況下に立たされる事になるかもしれないからです。皆さんで学び、話しましょう。そして、どんな事が、一緒にできるのかを考えましょう。

*皆さんの活動をサポートします。
3月に、色々な団体がイベントを計画されているかと思いますが、私たちは、一足先に2/22にこのような会を持ちますので、皆さんの支援活動を紹介するコーナーも設けております。
もし、3月に何か支援イベントを企画されておられるなら、ぜひ、お知らせ下さい。チラシとかもございましたら、本会で配って頂いても構いませんので、よろし
く。

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>Email: learnfrom311@yahoo.co.jp
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by flyingbocian | 2012-02-03 20:57 | 日本のこと

大きな穴の詩(うた)

ぽっかりとあいた穴 を のぞきこむ
あーちゃんと一緒に のぞきこむ
じめじめしていて暗い

その横でごはんを作る
野菜を刻んで
みそしるもあるといいけど
ごみは穴に落とす
埋まらないかな
埋立地は雨が降るとやばいから落としちゃだめと
あーちゃんは言う

私はあーちゃんが大好きなので
言うことには何でもうなづく

よかった
大きな穴があいてもあーちゃんがいてくれて
私の心臓も何とか動いてくれていて
でも少し動きすぎ
ここにも大きな穴があいた

大きな穴
本当に大きい
地面から足が震える

大きな穴
本当に大きい
白い息が落ちていく

手の指がぴくりとも動かないから
ただ立ちつくして穴を見ている
ずっと向こうまで続いている 果ては見えない

体の左半分が冷たくなった気がしたので
ふと横をふりかえると
誰もいなかった

あーちゃんの白い息が落ちていった

私の足の指はぴくりとも動かないから
そのままただ立ちつくして穴を見ている
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by flyingbocian | 2011-04-22 07:18 | 日本のこと


異国のNY砂漠で子育てを乗り切るため睡眠を削って綴るもしかして爆笑もしかして涙ほろり日記


by flyingbocian

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